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夫婦善哉

 三日経つと柳吉は帰って来た。いそいそとした蝶子を見るなり、「阿呆やな、お前の一言で何もかも滅茶苦茶や」不機嫌極まった。手切金云々の気持を言うと、「もろたら、わいのもらう金と二重取りで良えがな。ちょっとは慾を出さんかいや」なるほどと思った。が、おきんの言葉はやはり胸の中に残った。
 父親からは取り損ったが、妹から無心して来た金三百円と蝶子の貯金を合わせて、それで何か商売をやろうと、こんどは柳吉の口から言い出した。剃刀屋のにがい経験があるから、あれでもなし、これでもなしと柳吉の興味を持ちそうな商売を考えた末、結局焼芋屋でもやるより外には……と困っているうちに、ふと関東煮屋が良いと思いつき、柳吉に言うと、「そ、そ、そら良え考えや、わいが腕前ふるって良い味のもんを食わしたる」ひどく乗気になった。適当な売り店がないかと探すと、近くの飛田大門前通りに小さな関東煮の店が売りに出ていた。現在年寄夫婦が商売しているのだが、土地柄、客種が柄悪く荒っぽいので、大人しい女子衆は続かず、といって気性の強い女はこちらがなめられるといった按配で、ほとほと人手に困って売り出したのだというから、掛け合うと、案外安く造作から道具一切附き三百五十円で譲ってくれた。階下は全部漆喰で商売に使うから、寝泊りするところは二階の四畳半の一間ある切り、おまけに頭がつかえるほど天井が低く陰気臭かったが、廓の往き帰りで人通りも多く、それに角店で、店の段取から出入口の取り方など大変良かったので、値を聞くなり飛びついて手を打ったのだ。新規開店に先立ち、法善寺境内の正弁丹吾亭や道頓堀のたこ梅をはじめ、行き当りばったりに関東煮屋の暖簾をくぐって、味加減や銚子の中身の工合、商売のやり口などを調べた。関東煮屋をやると聴いて種吉は、「海老でも烏賊でも天婦羅ならわいに任しとくなはれ」と手伝いの意を申し出でたが、柳吉は、「小鉢物はやりまっけど、天婦羅は出しまへん」と体裁よく断った。種吉は残念だった。お辰は、それ見たことかと種吉を嘲った。「私らに手伝うてもろたら損や思たはるのや。誰が鐚一文でも無心するもんか」
 お互いの名を一字ずつとって「蝶柳」と屋号をつけ、いよいよ開店することになった。未だ暑さが去っていなかったことと思い切って生ビールの樽を仕込んでいた故、はよ売り切ってしまわねば気が抜けてわや(駄目)になると、やきもき心配したほどでもなく、よく売れた。人手を借りず、夫婦だけで店を切り廻したので、夜の十時から十二時頃までの一番たてこむ時間は眼のまわるほど忙しく、小便に立つ暇もなかった。柳吉は白い料理着に高下駄という粋な恰好で、ときどき銭函を覗いた。売上額が増えていると、「いらっしゃアい」剃刀屋のときと違って掛声も勇ましかった。俗に「おかま」という中性の流し芸人が流して来て、青柳を賑やかに弾いて行ったり、景気がよかった。その代り、土地柄が悪く、性質の良くない酒呑み同志が喧嘩をはじめたりして、柳吉はハラハラしたが、蝶子は昔とった杵柄で、そんな客をうまくさばくのに別に秋波をつかったりする必要もなかった。廓をひかえて夜更くまで客があり、看板を入れる頃はもう東の空が紫色に変っていた。くたくたになって二階の四畳半で一刻うとうとしたかと思うと、もう眼覚ましがジジーと鳴った。寝巻のままで階下に降りると、顔も洗わぬ内に、「朝食出来ます、四品付十八銭」の立看板を出した。朝帰りの客を当て込んで味噌汁、煮豆、漬物、御飯と都合四品で十八銭、細かい商売だと多寡をくくっていたところ、ビールなどをとる客もいて、結構商売になったから、少々眠さも我慢出来た。
 秋めいて来て、やがて風が肌寒くなると、もう関東煮屋に「もって来い」の季節で、ビールに代って酒もよく出た。酒屋の払いもきちんきちんと現金で渡し、銘酒の本舗から、看板を寄贈してやろうというくらいになり、蝶子の三味線も空しく押入れにしまったままだった。こんどは半分以上自分の金を出したというせいばかりでもなかったろうが、柳吉の身の入れ方は申分なかった。公休日というものも設けず、毎日せっせと精出したから、無駄費いもないままに、勢い溜まる一方だった。柳吉は毎日郵便局へ行った。体のえらい商売だから、柳吉は疲れると酒で元気をつけた。酒をのむと気が大きくなり、ふらふらと大金を使ってしまう柳吉の性分を知っていたので、蝶子はヒヤヒヤしたが、売物の酒とあってみれば、柳吉も加減して飲んだ。そういう飲み方も、しかし、蝶子にはまた一つの心配で、何れはどちらへ廻っても心配は尽きなかった。大酒を飲めば馬鹿に陽気になるが、チビチビやる時は元来吃りのせいか無口の柳吉が一層無口になって、客のない時など、椅子に腰掛けてぽかんと何か考えごとしているらしい容子を見ると、矢張り、梅田の家のこと考えてるのと違うやろか、そう思って気が気でなかった。
 案の条、妹の婚礼に出席を撥ねつけられたとて柳吉は気を腐らせ、二百円ほど持ち出して出掛けたまま、三日帰って来なかった。丁度花見時で、おまけに日曜、祭日と紋日が続いて店を休むわけに行かず、てん手古舞いしながら二日商売をしたものの、蝶子はもう慾など出している気にもなれず、おまけに忙しいのと心配とで体が言うことを利かず、三日目は到頭店を閉めた。その夜更く、帰って釆た。耳を澄ましていると、「今ごろは半七さんが、何処にどうしてござろうぞ。いまさら帰らぬことながら、わしというものないならば、半兵衛様もお通に免じ、子までなしたる三勝どのを、疾くにも呼び入れさしゃんしたら、半七さんの身持も直り、御勘当もあるまいに……」と三勝半七のサワリを語りながらやって来るのは、柳吉に違いなかった。夜中に下手な浄瑠璃を語ったりして、近所の体裁も悪いこっちゃと、ほっとした。「……お気に入らぬと知りながら、未練な私が輪廻ゆえ、そい臥しは叶わずとも、お傍に居たいと辛抱して、是まで居たのがお身の仇……」とこっちから後を続けてこましたろかという気持で、階下へ降りた。柳吉の足音は家の前で止った。もう語りもせず、気兼ねした容子で、カタカタ戸を動かせているようだった。「どなたッ?」わざと言うと、「わいや」「わいでは分りまへんぜ」重ねてとばけて見せると、「こ、こ、維康や」と外の声は震えていた。「維康いう人は沢山いたはります」にこりともせず言った。「維康柳吉や」もう蝶子の折檻を観念しているようだった。「維康柳吉いう人は此処には用のない人だす。今ごろどこぞで散財していやはりまっしゃろ」となおも苛めにかかったが、近所の体裁もあったから、そのくらいにして、戸を開けるなり、「おばはん、せせ殺生やぜ」と顔をしかめて笑って立っている柳吉を引きずり込んだ。無理に二階へ押し上げると、柳吉は天井へ頭を打っつけた。「痛ア!」も糞もあるもんかと、思う存分折檻した。
 もう二度と浮気はしないと柳吉は誓ったが、蝶子の折檻は何の薬にもならなかった。暫くすると、また放蕩した。そして帰るときは、矢張り折檻を怖れて蒼くなった。そろそろ肥満して来た蝶子は折檻するたびに息切れがした。
 柳吉が遊蕩に使う金はかなりの額だったから、遊んだあくる日はさすがに彼も蒼くなって、盃も手にしないで、黙黙と鍋の中を掻きまわしていた。が、四五日たつと、やはり、客の酒の燗をするばかりが能やないと言い出し、混ぜない方の酒をたっぷり銚子に入れて、銅壷の中へ浸けた。明らかに商売に飽いた風で、酔うと気が大きくなり、自然足は遊びの方に向いた。紺屋の白袴どころでなく、これでは柳吉の遊びに油を注ぐために商売をしているようなものだと、蝶子はだんだん後悔した。えらい商売を始めたものやと思っているうちに、酒屋への支払いなども滞り勝ちになり、結局、やめるに若かずと、その旨柳吉に言うと、柳吉は即座に同意した。

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