サイト内検索
前のページへ全表示

夫婦善哉

 蝶子は「娘さんを引き取ろうや」とそろそろ柳吉に持ちかけた。柳吉は「もうちょっと待ちイな」と言い逃れめいた。「子供が可愛いことないのんか」ないはずはなかったが、娘の方で来たがらぬのだった。女学生の身でカフェ商売を恥じるのは無理もなかったが、理由はそんな簡単なものだけではなかった。父親を悪い女に奪られたと、死んだ母親は暇さえあれば、娘に言い聴かせていたのだ。蝶子が無理にとせがむので、一、二度「サロン蝶柳」へセーラー服の姿を現わしたが、にこりともしなかった。蝶子はおかしいほど機嫌とって、「英語たらいうもんむつかしおまっしゃろな」女学生は鼻で笑うのだった。
 ある日、こちらから頼みもしないのにだしぬけに白い顔を見せた。蝶子は顔じゅう皺だらけに笑って「いらっしゃい」駆け寄ったのへつんと頭を下げるなり、女学生は柳吉の所へ近寄って低い声で「お祖父さんの病気が悪い、直ぐ来て下さい」
 柳吉と一緒に駆けつける事にしていた。が、柳吉は「お前は家に居りイな。いま一緒に行ったら都合が悪い」蝶子は気抜けした気持で暫時呆然としたが、これだけのことは柳吉にくれぐれも頼んだ。−父親の息のある間に、枕元で晴れて夫婦になれるよう、頼んでくれ。父親がうんと言ったら直ぐ知らせてくれ。飛んで行くさかい。
 蝶子は呉服屋へ駆け込んで、柳吉と自分と二人分の紋附を大急ぎで拵えるように頼んだ。吉報を待っていたが、なかなか来なかった。柳吉は顔も見せなかった。二日経ち、紋附も出来上った。四日目の夕方呼出しの電話が掛った。話がついた、直ぐ来いの電話だと顔を紅潮させ、「もし、もし、私維康です」と言うと、柳吉の声で「あゝ、お、お、お、おばはんか、親爺は今死んだぜ」「あゝ、もし、もし」蝶子の声は疳高く震えた。「そんなら、私は直ぐそっちイ行きまっさ、紋附も二人分出来てまんねん」足元がぐらぐらしながらも、それだけははっきり言った。が、柳吉の声は、「お前は来ん方が良え。来たら都合悪い。よ、よ、よ、養子が……」あと聞かなかった。葬式にも出たらいかんて、そんな話があるもんかと頭の中を火が走った。病院の廊下で柳吉の妹が言った言葉は嘘だったのか、それとも柳吉が頑固な養子にまるめ込まれたのか、それを考える余裕もなかった。紋附のことが頭にこびりついた。店へ帰り二階へ閉じ籠もった。やがて、戸を閉め切って、ガスのゴム管を引っばり上げた。「マダム、今夜はスキ焼でっか」階下から女給が声かけた。栓をひねった。
 夜、柳吉が紋附をとりに帰って来ると、ガスのメーターがチンチンと高い音を立てていた。異様な臭気がした。驚いて二階へ上り、戸を開けた。団扇でパタパタそこらをあおった。医者を呼んだ。それで蝶子は助かった。新聞に出た。新聞記者は治に居て乱を忘れなかったのだ。日蔭者自殺を図るなどと同情のある書き方だった。柳吉は葬式があるからと逃げて行き、それ切り戻って来なかった。種吉が梅田へ訊ねに行くと、そこにもいないらしかった。起きられるようになって店へ出ると、客が慰めてくれて、よく流行った。妾になれと客はさすがに時機を見逃さなかった。毎朝、かなり厚化粧してどこかへ出掛けて行くので、さては妾になったのかと悪評だった。が本当は、柳吉が早く帰るようにと金光教の道場へお詣りしていたのだった。
 二十日余り経つと、種吉のところへ柳吉の手紙が釆た。自分ももう四十三歳だ、一度大患に躍った身ではそう永くも生きられまい。娘の愛にも惹かされる。九州の土地でたとえ職工をしてでも自活し、娘を引き取って余生を暮したい。蝶子にも重々気の毒だが、よろしく伝えてくれ。蝶子もまだ若いからこの先……などとあった。見せたらことだと種吉は焼き捨てた。
 十日経ち、柳吉はひょっくり「サロン蝶柳」へ戻って来た。行方を晦ましたのは策戦や、養子に蝶子と別れたと見せかけて金を取る肚やった、親爺が死ねは当然遺産の分け前に与らねば損や、そう思て、わざと葬式にも呼ばなかったと言った。蝶子は本当だと思った。柳吉は「どや、なんぞ、う、う、うまいもん食いに行こか」と蝶子を誘った。法善寺境内の「めをとぜんざい」へ行った。道頓堀からの通路と千日前からの通路の角に当っているところに古びた阿多福人形が据えられ、その前に「めをとぜんざい」と書いた赤い大提灯がぶら下っているのを見ると、しみじみと夫婦で行く店らしかった。おまけに、ぜんざいを註文すると、女夫の意味で一人に二杯ずつ持って来た。碁盤の目の敷畳に腰をかけ、スウスウと高い音を立てて啜りながら柳吉は言った。「こ、こ、ここの善哉はなんで、二、二、二杯ずつ持って来よるか知ってるか、知らんやろ、こら昔何とか太夫ちゅう浄瑠璃のお師匠はんがひらいた店でな、一杯山盛にするより、ちょっとずつ二杯にする方が沢山はいってるように見えるやろ、そこをうまいこと考えよったのや」蝶子は「一人より夫婦の方が良えいうことでっしゃろ」ぽんと襟を突き上げると肩が大きく揺れた。蝶子はめっきり肥えて、そこの座蒲団が尻にかくされるくらいであった。

 蝶子と柳吉はやがて浄瑠璃に凝り出した。ニッ井戸天牛書店の二階広間で開かれた素義大会で、柳吉は蝶子の三味線で「太十」を語り、二等賞を貰った。景品の大きな座蒲団は蝶子が毎日使った。

前のページへ全表示

つゆは大阪 2

2008年6月号 梅雨の時期、最高のディスティネーション

Yahoo! カテゴリ掲載サイトです

旅行、観光 > 旅のノウハウ

つゆは大阪

沖縄、北海道を越える梅雨最高のディストネーション

味園フロントに泊まる

梅雨の大阪観光の拠点は、なんば・千日前

なんば傘無し観光案内

なんば・ミナミの観光スポットを傘のいらない度だけで格付け

ショー三昧千日前

6月の文楽鑑賞教室、NGK、B1角座…

晴れたら行く大阪名所

梅雨入りしても、毎日雨が降るわけではありません。

なんばで買う 生みやげ

なるべく、本日中にお召し上がりください。

大阪のプロフィール

日本の中の大阪の位置、大阪都市情報、地下鉄路線図