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東京で買う 生みやげ わかばの鯛焼き

わかばの鯛焼き

 東京のおみやげとして、今回ご紹介するのは四谷にある「わかばのたいやき」一つだけである。「たいやき」なんてと思う方も多いと思う。「もっと気の利いた東京みやげがあるはずだ。」また、「駄菓子」をみやげにするなんて、送る相手に失礼だとあなたが感じるのなら、これからご紹介する、「わかば」と演芸評論家の安藤鶴夫のストーリーを、ぜひ、ご一読いただきたい。
 わかばの「たいやき」は、他の鯛焼きとは、全く違うものだ。そこに行かなければ買えないものだ。わかばは、大丸百貨店 八重洲店などにも出店していたこともあったが、店にとって恩人である安藤鶴夫が、業務拡大を図る二代目店主に「そこに行かなければ、買えないものがあってもいいじゃないか。」と諭し、高度成長期にもかかわらず業務の縮小を行い創業の地の一店舗でたいやきを商う姿に戻った。そんな店なかなか無い。

読売新聞「味なもの」昭和28(1953)年3月29日朝刊

 当時の読売新聞に連載されていた“味なもの”は、各界の有名人が、美味なるものを紹介するシリーズで、高級店、有名店の紹介が続いていた。そんな中、安藤鶴夫は、自宅近くの駄菓子屋で焼かれている一つ10円のしっぽまでアンコの入った、鯛焼きを取り上げて「一つ金十円也のたいやきにうまいまずいをいふのではない。ぼくはそのたいやきに、人間の誠実を味わった。」と書いた。
 その駄菓子屋は、前年の秋、若葉町に引越しをした安藤が、道を間違い、たまたま鯛焼きを買った駄菓子屋で、そこの鯛焼きにはしっぽにまであんこが入っていることに感動し、そのことを忘れず“味なもの”で紹介した。感激屋で『カンドウスルオ(感動する男)』とも言われる安藤自身の手によって「わかばの鯛焼き発見」の模様が書き残されている。

 そのころ、といって、いまでもおなじことだが、特にそのころ、なんでも世の中がまッとうでないことを、みんな他人(ひと)のせいにする風潮があった。たとえばたいやき屋にしてみると、たいやきのしっぽにあんこが入ッちゃアいないのは、それァそういう世の中が悪いんで、なにも決して自分が悪いンじゃない、といった風なことである。
…そこは小建(おだて)横丁という名の、わびしい路地である。
 カタリ・コトリと老夫婦がたいやきを焼いているのをみて、子どもの土産に買ってやろうと思った。そしたら、焼いている土間を、のれんひとつ隔てて、そんな腰掛があった。
 肝の臓を痛めたあとで、生涯、もう、酒はのめないものとあきらめていた時のことである。
 神さんと並んで、たいやきを食べたら、しっぽに、たっぷり、あんこが入っていたというわけである。
 たいやきのしッぽに、あんこが入っているのはあたりまえな話である。しかし、そのあたりまえが、あたりまえになってはいなかった。
「えれえな、小父さん」
 と、わざわざ、のれんのところまで立っていって、声を掛けた。
 しッぽにあんこの入っていることを、えらいといって褒めたのである。
 そしたら、こんどは小父さんがのれんをくぐって出てきて、顔中をくしゃくしゃッとさせて、こんなことをいった。
「この店をはじめまして、もう一年と一寸(ちょっと)ンになります…」
 実はひそかに、だれかお客さんが、しッぽにあんこが入っているということを、いってくれないものかと思っていたが、もう一年ちょっとになるのに、だァれもそれをいってくれたひとがない。いま、旦那にそれをいわれて、一生懸命にたいやきのしッぽにあんこを入れていた甲斐があった。
 そういって、いかにも東京の職人職人した彫の深い顔に、涙を浮かべた。
 となりの若葉舞台から、しずかに笛、鼓、太鼓の能の囃子の稽古が聞こえてきた。(『たいやき』「ある日・その人」安藤鶴夫 昭和37年 婦人画報社)

わかばのたいやき その後…

 安藤鶴夫の代表作品は、昭和39(1964)年直木賞を受賞した「巷談本牧亭」(昭和38年 桃源社)であるが、受賞以前、「この十円のたいやきのしッぽに、あんこの入っていることを感動した文章くらい、わたしの書いたものの中で、大きな反響を起こした文章もほかにはちょっとないようだ。…」(前掲書)と自嘲気味に述べている。
 読売新聞の朝刊に掲載された当日から、わかばには「しっぽまでアンコの入った鯛焼き」を求める行列が出来、老夫婦だけでは注文に追いつかず、息子さんは税務署勤めをやめて鯛焼き屋となった。翌年、小父さん(初代店主の小沢弘吉氏)が紋付を着て安藤を訪ねてきた。用向きは、鯛焼きの値上げについてで「あずきと砂糖が値上がりしまして、がんばってみたがどうしても10円では売ることが出来ない。つきましては、13円に値上げをしたいがいかがでしょうか。」という話だった、なぜ私に鯛焼きの値上げを断る必要があるのかと安藤がたずねると「先生の文章には10円と書いてある。」と答え、安藤は、その律儀さに感動した。その後、死の床にいる小沢弘吉氏の枕元で、引導を渡したのも安藤だった。
 律義者の行動は、人によっては馬鹿らしい話のように感じるかもしれない、後で紹介する律義者の安藤鶴夫自身の2つのエピソードも少しばかばかしい話だ。「先生の文章には10円と書いてある。」と言ったわかばの初代店主小沢弘吉氏の話しのばかばかしさは、度を越えている。しかし、わかばの鯛焼きのしっぽまでアンコが入っていることに感動した感性の持ち主である安藤鶴夫と、戦前は建具屋をしていた小沢弘吉氏が、何もしないよりマシという気持ちで始めた駄菓子屋兼鯛焼き屋で、誰かに気付いてもらいたいと思いながら「しッぽまでアンコ」を入れて鯛焼きを焼き続けた感性には似たものがある。それにしても、どんな文豪であろうと自分が書いた食べ物屋の主人が正装して、「先生の文章には〇〇と書いてありますが…」という訪問を受けた経験はないのではないだろうか。著作権法とは無関係に、そこまで他人に自分の文章を大切にしてもらった安藤鶴夫(カンドウスルオ)の感動はどんなものだっただろうか。自分と同じ感性の人物(もしくは自分の律儀さを超えた人物)に遇えた安藤が生涯「わかば」の鯛焼きを愛したのは当然とも言える。
 また、安藤に「えれえな、小父さん」と「鯛焼きのしっぽまでアンコが入っている」ことを褒められ涙を流した小沢弘吉氏のその時の感動はどれほどのものだったのだろう。安藤の文章によって有名になり大繁盛した時に、泣いたのではなく、自分にとって大切に思っていたことを、人に褒めてもらって泣いた小沢氏の純情を少なくとも安藤は理解出来る人物だった(彼にとって「人知れず」というのは、好きなジャンルだった)。

今の「わかば」

 現在も、安藤鶴夫が偶然、店先の腰掛で鯛焼きを食べた場所で「わかば」は営業している。おみやげに買う場合、先に電話で予約する方が無難だ。鯛焼きとは思えない進物用の立派な紙箱も用意されている。わかばの鯛焼きを食べたことが無く、自分が食べてもいないものをみやげにするのは、贈る人に失礼だと考える律儀な人は、もちろん、お店でいただくこともできる。お店でいただく時に、鯛焼きをのせてくれるお皿には、安藤鶴夫の

 たいやきの
 しッぽには
 いつも
 あんこがあるように…

との願いが込められた文章が、書かれている。安藤鶴夫がこの店のしっぽまでアンコが入った鯛焼きを発見した時の気持ち、褒められた時の初代店主小沢弘吉氏の涙を思い浮かべながら、店の中に用意された席に腰掛けて鯛焼きを食べるのが、おすすめだ。
 百貨店に大量出店し、自分の家の生菓子に、上等の「上」の字をつけて「上生菓子」なんて呼ぶ店の菓子とは全く違うものだ。「そこに行かなければ、買えないものがあってもいいじゃないか。」といったアンツルの声が聞こえてきそうだ。

わかばわかばサイトへ map 東京 B-2

東京都新宿区若葉1-10 TEL 03-3351-4396
JR四ツ谷駅下車 徒歩5分
東京メトロ 有楽町線・目黒線 四ツ谷駅下車 徒歩5分
9:00〜19:00 休・日
鯛焼き一尾 126円、箱代、紙袋代は別

安藤鶴夫の魅力

 もちろん本業の演芸評論が一番の魅力であるが、安藤鶴夫は声が良い。低い声で落ち着いた声質である。声は安藤鶴夫の魅力の一つだった。父親が、義太夫語りの竹本都太夫(古靱太夫と同じ浅草っ子で同い年)で、安藤鶴夫本人も父親に大学時代弟子入りしていたことも理由の一つにあるだろう。人々に忘れ去られ知名度が低下していくこと、新たなソフトが制作されないこと、そして著作権の問題もあり、なかなか物故者の肉声を聞くことは難しいが、一般公開されているNHKアーカイブス 番組公開ライブラリーで在りし日の肉声を聞くことが出来る。
おすすめのプログラムは

「婦人の時間 この人この道 古今亭志ん生」1963/09/19 29分 総合テレビ

出演/古今亭志ん生、鴨下晁湖、木村義雄
の回で、なぜかNHKのデータベースでは、出演欄に、きき手の安藤鶴夫の名が無いが、きき手と進行役をつとめている。日本画家の鴨下晁湖、将棋の14世名人木村義雄、古今亭志ん生、安藤鶴夫の4人の対談は愉快だ。
話し方にも特長があって、聞き上手、話し上手というのか、人に感銘を与え、人の話に感動する人であった。“感動する男”とも云われていた。(『愛書家・思い出写真帳 18 安藤鶴夫さん』 八木福次郎 「日本古書通信」 平成18年6月 第923号)との指摘の通りの特徴を見ることが出来る。

「夢であいましょう 落語国紳士録」1963/12/07 30分 総合テレビ

出演/安藤鶴夫、黒柳徹子、田辺靖雄、立川談志、丸山明宏、谷幹一、岡田真澄、E・H・エリック、デューク・エイセス、スリー・バブルス、中村八大クインテット、レ・パンテール、レ・ドーフィン、中嶋弘子、ミスター・珍
安藤鶴夫より、若き日の黒柳徹子が美人であることと、良い意味で、立川談志が若く、貧相な若者でガツガツしていて今の桂歌丸の10倍はイヤミッたらしいことに気をとられてしまう。

安藤鶴夫その他の感動エピソード

 カンドウスルオこと安藤鶴夫の感激屋ぶりは、余人の追随を許さない。その感動ぶりと感性も大きな魅力だ。
 犬が、近所の住人には吼えないことに感心し、雪道で犬に道を譲る感性は、近代以降に生まれた人物の感性とは思えない。『落語のおかしみ…』という題で書かれているエピソードで紹介されているのも面白い、彼自身が落語の登場人物に思えてくる。  また、彼のスキンヘッドの顛末は、感動的だ。中年になってスキンヘッドになる洒落ものがいる。たいがいは、寂しくなってきた自分の髪の毛を見て、「カツラ」をかぶるのが嫌で、さっぱりスキンヘッドにするといったパターンが多い。安藤は26歳の時、スキンヘッド(彼の表現では「一分刈りの、くりくり坊主」)になった。その理由は額が後退したわけでも、頭頂部が薄くなったわけでもない。自分が受けた強い感動を、一生涯の記念にしようと髪型をスキンヘッドにしたのだ。
 自分が受けた強い感動を、一生涯の記念にしようという感性は、ただの感激屋のエピソードとは異なる。通常、感激屋というのは、つまらないものにも感動するもので、感情的なタイプが多いため、熱しやすく冷めやすいというパターンが多い。すぐ感激ばかりするから、感激することが売るほど多いから感激屋と呼ばれるのだろう。安藤鶴夫は、「すぐ感動するから“カンドウスルオ”と呼ばれた。」と思われがちだが、彼の書き残した、彼の感動したもの、人についてのエッセイを読んでみると、彼が何にでも感動したというタイプではないことが分る。自分が律儀で義理堅い人間だっただけに、人の律儀な行動、姿勢にたいする感度が高かった。世に多い、安っぽい感激屋とは、全く異なる。ある意味、彼の感動のハードルは、相当に高かったとも思えてくる(彼が感心している犬については、評価がちょっと難しい)。

感心な犬

 …二三年前の雪の朝である。ある大学のゼミナールへ話をしにいくために家を出た。路地の四つ角の四方が、雪をそれぞれの両側に片寄せて、まん中に道が出来ていた。だから、一人でようやく歩けるぐらいの道幅である。この四つ角に犬が一疋しゃがんでいた。この犬が実に悧巧で、いつも感心させられている犬なのである。つまり夜更けに酔っぱらって帰ってきても、近所の住人には絶対に吠えない。そうでない者にはもの凄く吠えつく、ちゃんとけじめを心得ている見事な犬なのである。ふだん感心している犬が、道幅一杯にしゃがんでいるので、ぼくは遠慮してその脇を除けて通ってやろうと思った。両側の雪の山である。犬を除けようとして一と足左足を出した途端に、ぼくはものの見事にころげ込んだ。むろん犬はこれで逃げ出したが、ぼくは出来るだけ急いで立ち上がると、雪を払い乍ら四つ角の左右前後を見廻した。朝で誰もいなかった。ぼくはそこで、再び大学のゼミナールへ演劇の話をしにいく人間に立ち戻って、その狭い雪の道を歩き出した。
 歩いているうちにおかしくなってきた。(『落語のおかしみ −“寝床”を例として−』安藤鶴夫 「言語生活」 国立国語研究所 昭和31年8月号)

安藤鶴夫のスキンヘッド

…まるで義太夫の中の人物のように、あしたに迫る金を、他人様に都合して貰って、強い感動を受けた。その感動を。一生涯の記念にしようと思って、そうだ、くりくり坊主になってやろう、そう思ってした…
 明日に迫る金というのは、大学の一年分の月謝である。一年分の月謝を払わないでは、卒業論文は受け取らないということになっており、…むろん、卒業できない。…向うから、心配しないでいいといわれて、すっかり安心し抜いていたその金を、ぎりぎり決着の、その日の夕方に断られた。
 家中で途方に暮れたが、ひょいと、学校の後輩で…ともだちのお母アさんが、安藤ちゃんがそのことについて、なんにもいってこないのは水臭いといっていた、という話を思い出した。…電話をかけておいてから、渋谷の、そのともだちの家へ駆けつけると…明日の朝、銀行が開いたら取りにいくから、今夜は安心をしてのみなさいといってくれて、その晩はくたくたに酔っぱらって、それでも後生大事に、卒業論文を枕元に置くと、ともだちと並んで眠った。
 会計の窓口で、やい、今年の月謝は大変な金だぞ、大きなハンコを捺しなと、会計係にいばった…それから、神楽坂をひとりで歩きながら、いきつけの床屋に入ると、長い間芥川龍之介を張っていた油ッ気のない長い髪を一分刈りにさせた。…(「くりくり坊主」安藤鶴夫 27・6・6NHK「お休みの前に」安藤鶴夫作品集VI 朝日新聞)

四谷たいやき わかば
安藤鶴夫
あんどう つるお
1908-1969
昭和の演芸評論家、作家 東京生まれ。『巷談本牧亭』で直木賞受賞。
四谷たいやき わかば地図

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