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にゅうしゃのじ

なつめ そうせき

 だいがくをじして、あさひしんぶん にはいったら、あうひとが、みなおどろいたかおをしている。
 なかには、なぜだ ときくものがある。だいけつだんだ とほめるものがある。
 だいがくをやめて しんぶんや になることが、さほどにふしぎなげんしょうとは、おもわなかった。
 よが、しんぶんや としてせいこうするか、せぬかは、もとよりぎもんである。
 せいこうせぬことをよきして、10よねんのけいろを、いっちょうにてんじたのを、むぼうだといっておどろくならもっともである。
 かくもうす、ほんにんすら、そのてんについてはおどろいている。
 しかしながら、だいがく のようなえいよある、いちをなげうって、しんぶんや になったからおどろく、というならば、やめてもらいたい。
 だいがく は、めいよある がくしゃ のすをくっているところかもしれない。
 そんけいにあたいする きょうじゅ や はかせ があなごもりをしているところかもしれない。2 30ねんしんぼうすれば ちょくにんかん になれるところかもしれない。
 そのた、いろいろべんぎのあるところかもしれない。
 なるほど、そうかんがえてみるとけっこうなところである。
 あかもん をもぐりこんで、こうざ へはいあがろうとする、こうほしゃは、かんじょうしてみないから、いくにんあるかわからないが、いちいちきいてあるいたら、よほどひまをつぶすくらいにおおいだろう。
 だいがく のけっこうなことはそれでもわかる。よも、しごくごどういである。
 しかし、ごどういというのは、だいがく が、けっこうなところであるということに、ごどういをあらわしたのみで、しんぶんや が、ふけっこうなしょうばいであるということに、さんせいのいをあらわしたんだとはやがてんをしてはいけない。
 しんぶんや が、しょうばいならば、だいがくや もしょうばいである。
 しょうばいでなければ、きょうじゅ や はかせ になりたがるひつようはなかろう。
 げっぽうをあげてもらうひつようはなかろう。ちょくにんかん になるひつようはなかろう。
 しんぶん がしょうばいであるごとく だいがく もしょうばいである。
 しんぶん が、げびたしょうばいであれば、だいがく もげびたしょうばいである。ただ、こじんとしてえいぎょうしているのと、おかみでごえいぎょうになるのとのさだけである。
 だいがく では、4ねんかんこうぎをした。とくべつのおんめいをもってようこうをおおせつけられた2ねんのばいをぎむねんげんとすると、この4がつでちょうどねんきはあけるわけになる。
 ねんきは、あけてもくえなければ、いつまでもかじりつきしがみつき、しんでもはなれないつもりでもあった。
 ところへとつぜん あさひしんぶん から、にゅうしゃせぬかというそうだんをうけた。
 たんにんのしごとは、ときくとただぶんげいにかんするさくもつを、てきぎのりょうにて、きぎのときにきょうきゅうすればよいとのことである。ぶんげいじょうのじゅつさくをいのちとするよにとって、これほどありがたいことはない、これほどこころもちのよいたいぐうはない、これほどめいよなしょくぎょうはない、せいこうするか、しないかなどとかんがえていられるものじゃない。
 はかせ や きょうじゅ や ちょくにんかん などのことをねんとうにかけて、うんうん、きゅうきゅういっていられるものじゃない。
 だいがく でこうぎをするときは、いつでもいぬがほえてふゆかいであった。
 よのこうぎのまずかったのもはんぶんはこのいぬのためである。
 がくりょくがたらないからだなどとはけっしておもわない。がくせいにはおきのどくであるが、まったくいぬのせいだから、ふへいはそちらへもっていっていただきたい。
 だいがく でいちばんこころもちのよかったのは、としょかんのえつらんしつで、しんちゃくのざっしなどをみるときであった。
 しかし、たぼうでおもうようにこれをりようすることができなかったのはざんねんしごくである。
 しかも、よがえつらんしつへはいると、りんしつにいるかんいんが、むやみにおおきなこえではなしをする、わらう、ふざける。せいきょうを、さまたげることはばくだいであった。
 あるとき、よは、つぼいがくちょうに、しょめんをたてまつって、おそれながらごせいばいをねがった。がくちょうは、とりあわれなかった。よのこうぎのまずかったのは、はんぶんはこれがためである。がくせいにはおきのどくだが、としょかんと、がくちょうがわるいのだから、ふへいがあるならそっちへもっていってもらいたい。
よのがくりょくが、たらんのだとおもわれては、はなはだめいわくである。
 しんぶん のほうでは、しゃへでるひつようはないという。まいにちしょさいでようじをすればそれですむのである。
 よのきょたくのきんじょにも、いぬはだいぶいる、としょかんいんのように、さわぐものもでてくるにそういない。
 しかし、それは、あさひしんぶん とは、なんらのかんけいもないことだ。いくらふゆかいでも、ぼうがいになっても、しんぶん にたいしてはおもしろくしごとができる。やといにんが、やといぬしにたいしておもしろくしごとができれば、これがまことのけっこうというものである。
 だいがく では、こうしとしてねんぽう800えんをちょうだいしていた。
 こどもがおおくて、やちんがたかくて800えんでは、とうていくらせない。
 しかたがないから、ほかに2、3けんのがっこう を、かけあるいて、ようやく、そのひをおくっていた。いかなそうせきも、こうほんめいにつかれては、しんけいすいじゃくになる。そのうえ、たしょうのじゅつさくは、やらなければならない。すいきょうに、じゅつさくをするからだというならいわせておくが、きんらいのそうせきは、なにか、かかないといきているきがしないのである。それだけではない。おしえるため、または、しゅうようのため、しょもつもよまなければ、せけんへたいしてめんもくがない。そうせきは、いじょうのじじょうによってしんけいすいじゃくにおちいったのである。
 しんぶんしゃ のほうでは、きょうしとしてかせぐことをきんじられた。
 そのかわり、べいえんの し にきゅうせぬくらいのきゅうりょうをくれる。
 くってさえいかれれば、なにをくるしんでThatのIfのをふりまわすひつようがあろう。
 やめるな、といってもやめてしまう。
 やめたよくじつからきゅうにせなかがかるくなって、はいぞうに、みぞうの、たりょうな、くうきがはいってきた。
 がっこうをやめてから、きょうとへあそびにいった。そのちでこきゅうとかいして、のに、やまに、てらに、やしろに、いずれもきょうじょうよりは、ゆかいであった。
 うぐいすは、みをさかさまにして、はつねをはる。
 よは、こころをからにして4ねんらいのちりを、はいのおくからはきだした。これも、しんぶんや になったおかげである。
 じんせい いきにかんず、とかなんとかいう。
 かわりもののよを、かわりものにてきするような、きょうぐうにおいてくれた、あさひしんぶん のために、かわりものとして、できえるかぎりを、つくすは、よのうれしきぎむである。

とうきょうあさひしんぶん
めいじ40ねん5がつ3ひ

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