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旅の本 口紅から機関車まで レイモンド・ローウイ著

 旅行をすると、その土地の意匠やデザインが目に飛び込んでくる。いつもよりデザインやモノの形に対する感度が上がってくる。旅先にデザインについて書かれた本を持っていくのは楽しい。

 アメリカの雑貨と文具が好きな姪のおみやげにしようとレターサイズのリング式ノートブックの大きなパックを買った。今度、会った時に渡そうと思っていたが、デザインは気に入っていたが、アメリカ製のリング式ノートブックは重いので最近では国産のノートを使っているという話を人づてに聞いた。その時、「デザインが気に入るというのは、重いとか軽いとか機能がどうとかいう次元のことではなく…」と言いそうになって、今は使っていない柳宗理の白磁の醤油差しとこの本のことを思い出した。
 この本を読んだのは、まだ自動車免許を取る前だったと思う。鹿島出版会の建築関係の本が気に入りそのシリーズを何冊も続けて読んでいて、同じ棚にあったこの本が目に入り、この本を買って読んだ。
 今回、重いノートを嫌った姪のおかげでこの本のことを思い出し久しぶりに読んでみた。実は、姪の件以外にもこの本を思い出させることが、最近、何度も起こっている。
 こんなこともあった。空気清浄機を買おうと量販店と、ヤマギワに行ってみた。量販店では、空気清浄機最安値というのは、Z社のものだった。いろいろ見たがあまり気に入るものはなかった。その足でヤマギワに行ってみると、先ほど量販店では最安値だった小さなついたてに似たデザインの空気清浄機が、A社というブランド名で、プラスチックのカバーと色を変えてほぼ同じフォルムのまま約3倍の値段で売っていた。薄目にして眺めればその差は分らないほど微々たる違いだ。デザイン家電という言葉は聞いたことがあったが、その付加価値が物の値段を3倍にするとは考えてもいなかった。その商品には、100%リサイクル可能な商品であるとか、今後50年間全部品をストックし50年間修理保障するとも、有機栽培された食物だけの食事をする技術者によって組み立てられた商品であるとも、Z社との差額で北極海の白クマを救うとも書かれていなかった。量販店に戻り、Z社の空気清浄機を購入した。
 なぜ、私が、Z社の商品を購入したのか、今さらながらこのレイモンド・ローウイによって書かれた本に影響を受けていることは明らかだ。
 この本の中で彼は、「商業美術(インダストリアルデザイン)に於いて美を加えること(美しいデザインを採用するということ)はコストの低下であって、生産原価を高めることではない。逆に生産コストを高めるようなデザインならば、その製品は美しくなる筈がない。」と述べている。良いデザインとは、機能的、実用的であることで、無駄なカバーをつけることや小手先の改良ではなく「一廉(ひとかど)のインダストリアル・デザイナーなら誰でも…少しでも関連のある(製造工程を含めた)要素のすべてについて完全な知識を得た上でデザイン」をすると述べている。読み直してみると随分前に一度だけ読んだこの本がいまだに深い影響を自分に及ぼし続けている事が確認できた。
 他にも、MAYA段階、Most Advance Yet Acceptable(最も前進した、しかしまだ一般に受け容れられる段階)についての考察の項など興味深い項も多い。
 デザインについて書かれた本という側面とともに、いろいろなエピソードが綴られた読み物としても楽しめる本書だが、特にローウイにとって成功作であるフリジデア電気冷蔵庫の工場を訪ねた話しは感動的だ。
 彼は、同社総支配人のビークラー氏に、見せたいものがあると誘われる。豪勢な夕食の後、見せたいものがあると言われたことも忘れ

…アルマニャック地方産の大変古いブランデーを楽しんでいるとき、執事が車の用意ができたと知らせてきた。
 「ローウイ君、ちょっと一緒にドライヴしようじゃないか」
 私は夫人に別れを告げ、我々は出発した。その晩は典型的なオハイオ州の冬の夜だった−空気は澄み渡り、無数の星が夜空にきらめいていた。郊外の道を私たちは黙ったまま車を走らせた。…私の友の巨人のような工場の交替時刻だった。道路は文字通り何千もの自動車で覆い尽くされていた。…やがて丘の頂に来ると、赤い尾灯の流れと白いヘッドライトの流れが遠く彼方に消え去るのが見えるのだった。大きく拡がった工場は、青白い水銀灯の光りに輝き、そのある区域の上空は、自動溶接の青白色の閃色で身震いをしていた。白、赤、緑、青の信号灯が闇をいろどり、大空の果てまで熱しているかのようだった。
 私の友人は、身体をこごめて軽く私をつっついて
 「綺麗だろう?」
 綺麗!何という言葉だろう! 何という霊妙なことをいう男だろう! 私はその壮大さに全く圧倒されていた。それはまるで若い躍動するアメリカの豊かな赤い血が現実に流れているのを見ているような感銘だった。
 私たちは工場に着いた。門をはいって、重役室にははいらずに、まっすぐに、流れ作業台のところに行った。…私たちは静かなところで立ち止まった。ビークラーは私の腕をとっていった、
 「ロ−ウイ君、僕は君にこの光景をすっかり見せたかったんだ。ねえ、君や君のとこの人たちがフィフス・アヴェニューの事務所で仕事をしているとき、君たちは君たちが紙の上に描く美しい線のほんとうの重要さを悟っていないかも知れないんだ。…三五万以上の人の生活が、君が紙の上に描くものの成功不成功によって左右されるんだ」
 最小限にいって、私は深い思いに打たれた。私の友人は、背の高い、白のオーヴァーオールを着た一人の職長を呼んで、いった−
 「パークス、レイモンド・ローウイ君を紹介しよう。デザインをしてくれた方だ」
 パークスは微笑して、手袋を外し、私と握手した。
 「いい仕事をありがとう」彼はいった。…

 キッコーマンのガラス醤油差し(卓上びん?)をデザインした老人(後ろ向きのことを言っているので老人と見えたのかもしれない。)が、これ以上のデザインはありえない旨の話しをしているテレビ番組を見たことがある。私はそうは思わない。気に入るということと良いデザイン(機能的)というのはイコールではない。あの老人はキッコーマンのガラス醤油差しが気に入っているのだろう。私も、しまっていた白磁の醤油差しを取り出して醤油を注ぎ込んだ。
 ちなみにこの本の原題は「NEVER LEAVE WELL ENOUGH ALONE」である。

旅の本 バックナンバー

口紅から機関車まで 表紙

bookデータ
口紅から機関車まで
レイモンド・ローウイ 著
藤山愛一郎 訳
鹿島出版会
定価 2800円+税
ISBN978-4-306-06016-6

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