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かわばたやすなりへ

だざいおさむ

 あなたはぶんげいしゅうじゅう9がつごうにわたしへのわるぐちをかいておられる。「ぜんりゃく。−なるほど、どうけのはなのほうがさくしゃのせいかつやぶんがくかんをいっぱいにもつてゐるが、しけんによれば、さくしゃもっかのせいかつにいやなくもありて、さいのうのすなおにはっせざるうらみあつた。」
 おたがひにへたなうそはつかないことにしよう。わたしはあなたのぶんしょうをほんやのてんとうでよみ、たいへんふゆかいであつた。これでみると、まるであなたひとりであくたがわしょうをきめたやうにおもはれます。これは、あなたのぶんしょうではない。きつとだれかにかかされたぶんしょうにちがひない。しかもあなたはそれをあらはにみせつけようとどりょくさへしてゐる。「どうけのはな」は、3ねんまえ、わたし、24さいのなつにかいたものである。「うみ」といふだいであつた。ゆうじんのこんかんいち、いまうへいによんでもらつたが、それは、げんざいのものにくらべて、たいへんそぼくなけいしきで、さくちゅうの「ぼく」といふおとこのどくはくなぞはまったくなかつたのである。ものがたりだけをきちんとまとめあげたものであつた。そのとしのあき、じっどのどすとえふすきいろんをごきんじょのあかまつげっせんしよりかりてよんでかんがへさせられ、わたしのそのげんしてきなたんせいでさへあつた「うみ」といふさくひんをずたずたにきりきざんで、「ぼく」といふおとこのかおをさくちゅうのずいしょにしゅつぼつさせ、にほんにまだないしょうせつだとゆうじんかんにいばつてまはつた。ゆうじんのなかむらちへい、くぼりゅういちろう、それからごきんじょのいぶせさんにもよんでもらつて、ひょうばんがよい。げんきをえて、さらにてをいれ、けしさりかきくわへ、5かいほどせいしょしなおして、それからだいじにおしいれのかみぶくろのなかにしまつておいた。ことしのしょうがつごろゆうじんのだんかずおがそれよみ、これは、きみ、けっさくだ、どこかのざっしゃへもちこめ、ぼくはかわばたやすなりしのところへたのみにいつてみる。かわばたしになら、きつとこのさくひんがわかるにちがひない、といつた。
 そのうちにわたしはしょうせつにいきづまり、いはばのざらしをこころに、たびにでた。それがちいさいさわぎになつた。
 どんなにあにきからののしられてもいいから、500えんだけかりたい。さうしてもういちど、やつてみよう、わたしはとうきょうへかへつた。ゆうじんたちのほねおりのおかげでわたしはあにきから、これから23ねんのあひだ、つきづき、50えんのおかねをもらへることになつた。わたしはさつそくかしやをさがしまはつてゐるうちに、もうちょうえんをおこしあさがやのしのはらびょういんにしゅうようされた。うみがふくまくにこぼれてゐて、すこしておくれであつた。にゅういんはことしの4がつ4ひのことである。なかたにたかおがみまひにきた。にほんろまんはへはひらう、そのおみやげとして「どうけのはな」をはっぴょうしよう。そんなはなしをした。「どうけのはな」はだんかずおのてもとにあつた。だんかずおはなほもかわばたしのところへもつていつたらいいのだがなぞとしゅちょうしてゐた。わたしはせっかいしたふくぶのいたみで、ちょっともうごけなかつた。そのうちにわたしははいをわるくした。いしきふめいのひがつづいた。いしゃはせきにんをもてないと、いつてゐたと、あとでにょうぼうがおしへてくれた。まるいっかげつそのげかのびょういんにねたきりで、あたまをもたげることさへやうやうであつた。わたしは5がつにせたがやくきょうどうのないかのびょういんにうつされた。ここに2かげつゐた。7がつ1ひ、びょういんのそしきがかはりしょくいんもぜんぶこうたいするとかで、かんじゃもみんなおひだされるやうなしまつであつた。わたしはあにきと、それからあにきのちじんであるきたよししろうといふようふくやとふたりでそうだんしてきめてくれた、ちばけんふなばしのとちへうつされた。しゅうじつとういいすにねそべり、あさゆうかるいさんぽをする。1しゅうかんに1どづつとうきょうからいしゃがくる。そのせいかつが2かげつほどつづいて、8がつのすえ、ぶんげいしゅんじゅうをほんやのてんとうでよんだところが、あなたのぶんしょうがあつた。「さくしゃもっかのせいかつにいやなくもありて、うんぬん。」じじつ、わたしはふんどにもえた。いくやもねぐるしいおもひをした。
 ことりをかひ、ぶとうをみるのがそんなにりっぱなせいかつなのか。さす。さうもおもつた。だいあくとうだとおもつた。そのうちに、ふとあなたのわたしにたいするねるりのやうな、ひねこびたあついきょうれつなあいじょうをずつとおくそこにかんじた。ちがふ。ちがふとくびをふつたが、その、つめたくよそおうてはゐるが、どすとえふすきいふうのはげしくさくらんしたあなたのあいじょうがわたしのからだをかつかつとほてらせた。さうして、それはあなたにはなんにもきづかぬことだ。
 わたしはいま、あなたとちえくらべをしようとしてゐるのではありません。わたしは、あなたのあのぶんしょうのなかに「せけん」をかんじ、「きんせんかんけい」のせつなさをかいだ。わたしはそれを23のひたむきなどくしゃにしらせたいだけなのです。それはしらせなければならないことです。わたしたちは、もうそろそろ、にんじゆうのとくのうつくしさはうたがひはじめてゐるのだ。
 きくちかんしが、「まあ、それでもよかつた。ぶなんでよかつた。」とにこにこわらひながらはんけちでひたいのあせをぬぐつてゐるこうけいをおもふと、わたしはたいなくほほえむ。ほんとによかつたとおもはれる。あくたがわりゅうのすけをすこしかわいさうにおもつたが、なに、これも「せけん」だ。いしかわしはりっぱなせいかつじんだ。そのてんでかれはふかくましょうめんにつとめてゐる。
 ただわたしはざんねんなのだ。かわばたやすなりの、さりげなささうによそおつて、よそおひきれなかつたうそが、ざんねんでならないのだ。こんなはずではなかつた。たしかに、こんなはずではなかつたのだ。あなたは、さっかといふものは「まぬけ」のなかでいきてゐるものだといふことを、もつとはつきりいしきしてかからなければいけない。

「ぶんげいつうしん」
しょうわ10ねん10がつ1ひ 3かん10ごう

かわばたやすなり
1899-1972
おおさかしうまれ。たいしょう、しょうわきのしょうせつか しょうわ43(1968)ねんのーべるぶんがくしょうじゅしょう
いまうへい
いま はるべ1908-1984
ふくおかけんうまれ。しょうわきのほうそうさっか、かじん うへいはべつめい
じっど
あんどれ・じーど
André Gide
1869-1951
ぱりうまれ。さっか 1947ねんのーべるぶんがくしょうじゅしょう。
どすとえふすきい
どすとえふすきー
Fjodor Michajlovitj Dostojevskij
1821-1881
もすくわうまれ。さっか だいひょうさく『つみとばつ』『からまーぞふのきょうだい』など
あかまつげっせん
1897-1997
おかやまけんうまれ。たいしょう〜へいせいきのそう、しじん
なかむらちへい
1908-1963
みやざきけんうまれ。しょうわきのしょうせつか みやざきけんりつとしょかんかんちょうをつとめる
くぼりゅういちろう
くぼ たかし
1906-1998
えひめけんうまれ。しょうわ、へいせいきのじどうぶんがくしゃ、しょうせつか りゅういちろうはほんみょう
いぶせさん
いぶせ ますじ
1898-1993
ひろしまけんうまれ。しょうわきのしょうせつか
だんかずお
1912-1976
やまなしけんうまれ。しょうわきのしょうせつか だいひょうさく『かたくのひと』など
なかたにたかお
1901-1995
みえけんうまれ。しょうわ、へいせいきのしょうせつか 1935「にほんろまんは」そうかんにさんか
ねるり
どすとえふすきーの『しいたげられたひとたち』(1861)にとうじょうするしょうじょ ねるーとほんやくされることもある
いしかわし
いしかわたつぞう
1905-1985
あきたけんよこてうまれ。しょうわきのしょうせつか しょうわ10(1935)ねん『そうぼう』でだい1かいあくたがわしょうじゅしょう

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