サイト内検索

四国の作家 正岡子規

正岡子規
まさおか しき 1867-1902 松山生まれ。俳人、歌人、新聞記者。

俳人として、句作とともに活発な評論活動を行い、俳句の技法として西洋画の技法であった写生を提唱。膨大な俳句分類(室町連歌の発句〜江戸時代末期の約十二万句)も同時に行い。月並みに流れがちの俳句の向上に尽くした。明治29年以降は病床にありながらも旺盛な創作活動を行った。

代表作として

柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺 明治28年

糸瓜咲て痰のつまりし仏かな 明治35年

などがある。糸瓜(へちま)の句に関しては、子規の絶筆三句のうちの一つで句を書き終え、その日のうちに昏睡状態に陥り翌午前1時に亡くなった。
また、夏目漱石と友情を育み、以下の人物評が残されている。

柳原 あるとき二人に互にその人物を批評させてやらうと思つて先づ子規のところへ行き「漱石はどんな男か」と聞いたところ「さうだね、まあ江戸ツ子だと思つてゐ給へ」といつた「江戸ツ子は当り前ぢやないか」と反問したが子規はだまつて何とも返事をしなかつた、今度は漱石のところに行つて「子規がどんな人物に映ずるか」と問うたところ「子規の悪口をいふ人があるだらうか、あるとすればそれは頭の標準の出合はぬ人でそんな人には子規はわからぬ、標準の高いものには問題は起らぬ標準の低いものはどこがいいかわからぬ」といつた、禪坊主の禪問答のやうで、考へてみたがどちらもさつばりわからなかつた
柳原 柳原正之(極堂)

大阪毎日新聞愛媛版 昭和6年6月14日

正岡子規

肖像 明治34年

Yahoo! カテゴリ掲載サイトです

旅行、観光 > 旅のノウハウ

“春の日を一日眠る小猫かな”この句をメールに添付をクリックで子規の俳句を添えたメールが送れる!