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たいやき研究ノート 2

 一般的に、浪花家総本店(東京都港区)神戸守一氏の主張が受け入れられ、鯛焼きの発明者(考案者)は、浪花家初代と言われる神戸清次郎(かんべせいじろう)氏と信じられている。本当に、明治四十二(1909)年に、鯛焼きは、神戸清次郎氏によって考案され、2009年でたいやきは誕生100周年を迎えるのだろうか?

「およげ!たいやきくん」のモデルは?

 浪花家総本店神戸守一氏は、神戸清次郎氏が鯛焼きを考案した。と主張すると同時に「およげ!たいやきくん」の歌のモデルは自分自身であるとも主張する。
 本当に、麻布十番にある浪花家が鯛焼きの元祖の上に、日本史上最高のシングル盤売り上げ453万枚を記録した歌のモデルなのであろうか。
 守一氏本人が、いろいろなところで発言している

 ウン、『およげ!たいやきくん』って歌は私がモデル。…
「近況・心境 浴衣を着たたいやき 神戸守一・守正」婦人公論 1998.9.7号 69ページ

 自らいろいろなところで発言したおかげで、「1976年に大ヒットした「およげ!たいやきくん」のモデルにもなった「浪花家総本店」の鯛焼きは…(「うまいもの譚」サンデー毎日2004.2.15号)」 と全くの検証も根拠もなしに紹介されることも多い。

「およげ!たいやきくん」のモデルは練馬駅近くのたいやき

練馬駅周辺

 まず、歌のモデルという以上は、神戸守一氏のように自称モデルの発言ではなく、「およげ!たいやきくん」のクリエーターの過去の発言を確認する作業が必要になる。「およげ!たいやきくん」に関しては、作詞家の高田ひろお(たかたひろお)氏がクリエーターにあたる。
ヒットの興奮冷めやらぬ昭和51年3月号に中央公論に掲載された「“たいやきくん”騒動記」(260ページ)で、曲の誕生についてのエピソードがくわしく本人の筆によって語られている。

 「およげ!たいやきくん」の歌は、最初にフジTVの幼児向け番組「ひらけ!ポンキッキ」の中で歌われた。「ひらけ!ポンキッキ」は、毎週月〜金曜の朝と夕方の2回放送されている。子どもの“情操教育”になるような歌を、というのが担当者のネライで、ぼくもその主旨にそい毎月子どもへ向けて数曲の歌を作詞してきた。…中略…
「およげ!たいやきくん」、この詩が浮かんだのは、去年の二月、酒を飲んでいたときだ。酒が好きで、ぼくはよくハシゴ酒をする。…その夜もハシゴ酒の途中だった。歩いていると、タイ焼き屋のまえを通った。「なつかしいなァ」ぼくはしばらく店先にたっていた。
ああ、タイ焼きは、お金で買われると、スグに食べられちゃうんだナ、そうだ、タイ焼きにドラマを与えてやろう-と思いついた。どんなドラマがいいか?…中略…そうだ、タイだから、海だ…中略…そのときメモをしておいた。
それから半年過ぎて、八月の暑いさかりだった。秋の番組の歌を書かねばならない、と、ノートを操ってるうちに、あの“たいやき”のメモが目に入ったのだった。で、三十分余りで一気に詩を書いた。

 この「“たいやきくん”騒動記」には、高田氏の学生時代のエピソード、「作詞屋」になりたくないという気持ちなどが書かれており、詩作という観点から読んでも興味深いものであるが、このエッセイには、残念なことに、どこのタイ焼き屋のまえを通ったときに思いついたのかが書かれていない。

 そこで、当時の記事を、雑誌、新聞を問わず、1件ずつ丹念に読んでいくと、読売新聞 昭和51(1976)年1月28日17面(都民版)の以下の記述に行きつく。

作詞家の高田さん、飲み屋の帰りに練馬駅近くでたいやきを見かけ、ふっと、たいやきにドラマを与えてみよう…とヒラメイたという。

 つまり、「およげ!たいやきくん」のモデルは、練馬駅近くの「タイ焼き屋」、または、「たいやき」というのが事実であり、麻布十番にある浪花家は「およげ!たいやきくん」の誕生とは何の関係もない。神戸守一氏の自分がモデルという主張は斥けられることになる。「自分がモデルである。」と取材を受けるごとに話しをしていたら、誰もその話の検証を行わずにそのまま記事にして、いつのまにか、そのウソが事実とされてしまったというのが本当のところのようだ。

「およげ!たいやきくん」の本当のモデルのお店

 神戸守一氏の無責任な主張が広く世間に誤って事実として受け入れられてしまったため、練馬駅周辺で、「およげ!たいやきくん」の本当のモデルのお店を捜すという作業は、コアな鯛焼きマニアの間でも行われてこなかった。本来、日本のポップスで最高の売り上げを記録した曲の生まれ故郷(お店)、原点についての日本歌謡史上重要な事項なので、地元練馬の郷土史家の方が聞き取り調査等を行いじっくり時間をかけて検証なされるべき事柄である。日本の歌謡界のためにも、そのお店の場所が特定され「およげ!たいやきくん」の歌碑がいつか練馬に建立される日がくることだろう。
 「およげ!たいやきくん」世代は、もう中年なので、練馬駅周辺が「たいやきくん!の生まれ故郷」と宣伝しても観光客は殺到するとは思えないが、失礼ながら練馬区観光協会発行の「平成20年練馬区観光ガイドブック まち歩き観光まっぷ」を拝見すると「およげ!たいやきくんの生まれ故郷」が、練馬観光の立派な核になるのではないかとも想像される。
 現在も、練馬駅周辺には、数店舗、鯛焼きを販売しているお店がある。昭和52(1975)年2月(高田氏がひらめいたアイディアをメモした)当時の地図資料の検証、近隣住民とお店への聞き取りの結果、たいやきくんのモデルのお店は、練馬駅南口おとり様商店会にある餅菓子製造販売店「伊勢屋」である可能性が高いと思われる。

餅菓子製造販売店 伊勢屋

練馬区豊玉北 伊勢屋

東京都練馬区豊玉北5-15 TEL 03-3994-3572
鯛焼きは14:00〜18:30 休・火
たいやき1個 90円(平成20年2月現在) 鯛焼きの販売は、2月一杯で終了

お店の場所は、練馬駅中央口(練馬警察署・練馬消防署方面)に出て、駅前の通り(千川通り)にあるミスタードーナッツ練馬ショップ(練馬区豊玉北5-18-11)の横にあるおとり様商店会の通りを区役所方面に歩いて100メートルほど。ここから海まで相当に距離(直線距離で約14キロメートル)がある。海に逃げ込むのは大変だ。伊勢屋の鯛焼き販売シーズン終了後でも、西友練馬店Part2 2階の「築地銀だこ」(TEL 03-5912-6055)などで鯛焼きを買うことは可能。

次回につづく

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