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旅の本 第40回子規顕彰松山小中高校俳句大会入選句集

 俳句の街と言われる松山であるが、実は、松山の人自身は俳句の力を信じていないのではないかと感じる。
 松山でよく目にするJR松山駅前の句碑にもなっている正岡子規の句

春や昔十五万石の城下哉 明治28年

は、使われ方もあると思うが、まるで安い観光宣伝コピーのようであまりいい句とは私には思えない。住んでいる人、住んだことのある人が感じ入る句ではあろうが、松山を訪れたお客様に見せる句ではないと思う。客人にお見せするには、いやらしさがあるし、もし、加賀百万石から来た人が見れば松山を矮小に感じるだろう。松山では、子規の俳句の良さより、子規の与えた影響力つまり子規は偉い人だったということだけしか評価していないのではないだろうかと感じることがある。この句も偉い子規が松山を詠んだということだけで句碑になっているのではないだろうか。
 例えば、司馬遼太郎の意見に代表される
「もしかすると明治の日本人のなかで、子規がいちばん偉かったかもしれませんね。子規は、俳句、短歌を改革したひとです。(「司馬遼太郎全講演 1990-1995 第三巻」司馬遼太郎 朝日新聞 2000年 415頁)」という考え方。子規は、俳句、短歌を改革したから偉いという発想法に陥って、子規が良い俳句、短歌を作って俳句、短歌を改革に導いたという筋道が抜け落ちている。そこが抜け落ちると陳腐な人物評に流れてしまう。
 また、子規の俳句の持つ力を無視して、この影響ということだけを称える発想法だと、結局、子規が寄稿し選句、記事を書いていた新聞「日本」が偉い、文明開化で生まれた新聞というもの自体の影響力が偉いとなりかねない。

 今回紹介する「第40回子規顕彰松山小中高校俳句大会入選句集」は、昨年12月に刊行された最新号より2回(2年)前の号で、たまたま、松山市総合コミュニティセンターにあるキャメリアホールの一階のパンフレット棚に置いてあった無料の小冊子である(平成20年2月上旬現在)。
 昭和42年から続く松山市で行われている児童、生徒の第40回目の俳句大会(参加120校 投句7977句)の入選句を集めたもので、「小学校下学年の部」、「小学校上学年の部」、「中学校の部」、「高校学校の部」と4つのクラスに分け、それぞれの部の選者5人によって選ばれた句が掲載され、句評も行っている。もちろん、子どもたちの俳句を読むのが一番愉しいが、巻末の「選後雑感」も選者となっている現代の松山に住む俳人(国語の先生?)の俳句観が見えてかなり面白い。
 季重なり、季語のない句についての注意と、俳句は(a)季語の持っている意味を深く知り的確に使う。(b)美しいリズムで美しい言葉を…(c)景が美しく、詩情が豊かであり物語がある。(d)素直な気持ちで感動を素直に表現する。(e)言いたいことを絞り込んで一気によむ。(f)写生をよむ。(g)自分の実体験をよむ。俳句は一人称の文学です。…テレビの画面を見ての俳句等々をつくることは避けてほしい。(h)俳句は感情の言葉(うれしい、つらい、こわい、かわいそう、すき等)を出来るだけ使わない。(「選句を終えて」 竹内成美 92頁)。
 これが、小学校下学年の部の選後雑感である。直接は小学校低学年の児童の保護者や先生に向けて書かれているとは思うが、内容は高度だ。
 小学校上学年の部では、「言葉の組合せを工夫しよう」玉井啓二 と題して季語を重ねるいわゆる配合の妙について説明している。
 中学校の部は、「生活の中に俳句を」西野憲一 として、一 五七五のリズムに慣れよう、二 物の名前を知ろう、三 季語の持つ意味を知って使おう、四 切れ字をたいせつにしよう、五 数多く俳句を作ろう、六 日々の俳句を記録していこうという見出しが並ぶ。三では、小学校上学年の部と逆に季語を複数使うのはよくないと説明している。四の切れ字を大切にしようでは「や、かな、けり等、切れ字は、強調、詠嘆、疑問、完了、余韻、視覚的効果、聴覚的効果をもらす」と説明し、五では「言い換えたり順序を変えたり声に出したりしながら句を整えましょう。」と実践的内容になっている。
 そして、高校の部では、手書きと活字について、手書きは読みやすいこと、活字の場合は大きく、学年を書くことなどが注意されている。
 選後雑感を全て読み終えると、内容がテクニカルで、松山の選者が文学としての俳句ではなく教養としての俳句を子供達に求めているのが見てとれる。松山出身なら、第一に、季重なり、季語のない句など作らないで欲しい、特に俳句王国松山出身者としてそれと知らずに2つの間違い(?)を犯すようなことをして欲しくないといった感情だ。「俳句歳時記」についても複数の選者が説明している。教養が俳句に滲み出るのではなく、俳句で教養を養って欲しいと考えているようだ。
 全くの私見だが、俳句は、写生とはいえ絵画に例えれば抽象的な文学だ。デッサン力(写生)は具象から身につけるべきで、子供にたくさん俳句を作れというのは、デッサンを放り出して、子供にピカソの抽象画(ここには、別にジャクソン・ポロックのアクション・ペインティングでもなんでもイイ)の模写をさせているような危険性がある。色々な本を読む。自分で沢山の文章を書く。沢山の句集を読んでイイと思う他人の俳句をノートに書きつける。たまに自分でも俳句を詠む。書道を習う。こんな風に、ゆっくりと教養を身につけ、おおらかにその人なりの俳句観、センスを手に入れるのが良いのではないだろうか。

 この句集のなかで私が一番感じ入った句は、ミニトマトに夕立が降って踊っているように見えるというもの(51頁に掲載)で徳本貞文選の特選となっている。
 第一に、ミニトマトの赤、夏の空の青、夕立を降らす入道雲の白と色彩感覚に溢れていること。そして、夕立の大粒の雨粒がミニトマトにあたる様子が「踊る」という言葉で的確に表現されていること。なにより、傘を持っていなかったであろう作者が、季節の風情として夕立を楽しんでいる若さが魅力的な句だ。大人だったら、夕立が降り出したら雨にうたれるミニトマトを見ている余裕などなく、雨宿りする場所をさがして走りだすところを、作者はその大粒の雨の中、ミニトマトを見て面白みを感じているのである。ずぶねれになったであろうか。自分にもそんな時代があったような気がする。

旅の本 バックナンバー

表紙イメージ無し

bookデータ
第40回子規顕彰松山小中高校俳句大会入選句集
発行 平成17年12月9日
編集 松山市教育委員会(子規記念博物館)
非売品
ISBN -

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