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六白金星

織田作之助

 二年がたった。楢雄はむくむくと体が大きくなり、自殺を図った男には見えなかった。高等学校の入学試験にすべり、高槻の高医へ入学した時も、体格検査は最優良の成績だった。
 圭介は家へ帰ると、薄暗い階下の部屋で灯もつけさせず、壁を睨んだままぺたりと坐り込んで何時間も動かなかった。寿枝が呼んでも返辞せず、一所を見つめた眼を動かしもしなかった。さすがの楢雄もあっけに取られて、圭介のうしろに突っ立っていると、
「何をしているのか」
 うしろ向きの姿勢で吸鳴られた。寿枝はそんな圭介の素振りを見て、何か心に覚悟を決めたらしく一分の隙もないきっとした顔を見せていた。
 圭介はやがてみるみる狂気じみて、芦屋の病院で死んだ。危篤の知らせで駈けつけたのは修一ひとり、無論本妻の計らいであった。死に目に会うことも許されない寿枝と楢雄は香櫨園の家でソワソワしながら、不安な気持のまま何か殺気立っていた。何時間かたち、楢雄は急に、
「さア、お母さん、こんなことしてても仕方がありません。活動でも見に行こやありませんか」
 と、言って起ち上った。まあと寿枝は呆れたが、しかし瞬間母子の情が通ったと思い、だから叱ろうとはしなかった。
 修一は葬式を済ませて帰って来ると、臨終の模様を語った。圭介は息を引き取る前不思議にも一瞬正気になり、枕元に集っている中で修一だけをわざと一歩進ませて、母の面倒はお前が見るんだぞと言い、その時窓に映っていた西日が落ちたそうである。
「それでお前は何と答えたんですか」寿枝はわれながらもじもじ訊くと、
「はあと言いましたよ」
 と修一は冷かに答え、そして、ちらっと寿枝の顔を見ると、
「芦屋の奥さんから遺言書を見せて貰いましたよ。お母さんは貰うべきものはちゃんと貰ってあるんですね」
 寿枝ははっと虚をつかれた気持だった。貰うべき財産の分け前は、圭介の素振りがおかしくなった時、寿枝は取って置いたのである。寿枝、修一、楢雄の順で、修一、楢雄の分は学資用として無論修一の方が多かったが、しかし寿枝の額は修一よりもはるかに多いのだ。田辺に嫁いでいる妹が、姉さんは子供に頼って行くといっても、子供とは籍が違うのだからと入智慧し、子供といっても今に母親は妾だといって邪魔にするかも知れないからねとまで言ったので、寿枝はその忠告に従ってそうしたのだったが、修一の冷かな眼を見ると、やはりそうして置いてよかったという気持が、心細く湧いて来て、最近修一の所へ来た女の手紙がふと想い出された。「−この手紙を読んで何にも感じないようでしたらあなたは精神のどこかに欠陥があるのです」
 という恨みの籠った手紙だった。ひと様の娘御を何ということだと、その時修一に見た冷酷さが今はわが身に振り掛るかと、寿枝は思った。
 香櫨園の家は経費が掛るので、やがて寿枝は大阪市内の小宮町にこぢんまりした借家を探して移ることになったが、果して修一は阪大医学部の卒業試験の勉強で忙しいと口実を設けて、一人で夙川の下宿に移った。寿枝はなぜかそれを停めることが出来なかった。楢雄は、兄貴には香櫨園の界隈を離れがたいわけがあるのだと見抜いていた。修一が現在交際している北井伊都子は浜甲子園の邸宅に母と二人住み、係累もなく、その代り父の遺産は三十万を超えているのだと、修一はかつて楢雄に話したことがあったのだ。
 修一のいない家庭は寿枝には寂しかった。だから、三月許りたって、修一が小宮町へ顔を見せると、いそいそとして迎えたが、修一はお茶も飲まぬうちに、いきなり、
「僕、養子に行きますよ。何れ先方からこちらへ話がありますから、その時は良い返辞頼みますよ」
 と、言った。先方とは無論北井家のことだった。北井伊都子は長女で嫁には行けず、だから修一が婿養子にはいるのだと、もう伊都子の母親にも会うて話を決めていたのだった。
「学校を出ても、親父のくれた金では開業できませんからね。結局安月給の病院の助手になるよりほかに仕方ないとすれば、まアわれわれの身分では養子に行くのが出世の近道ですよ。木山さんの例もありますからね」
 木山博士は圭介の友人で、大学を卒業するまでに二回養子に行き、卒業してから一回、博士になってからも一回、都合四回養子先と女房を変えて出世した男であった。
「じゃ、お前は木山さんのようになりたいんですか」
「木山さんには私淑しています。時々会うて世渡りの秘訣を拝聴していますよ」
「お母さんのことはどう成っても構わぬのですか」
「いや、もし何でしたら、お母さんも一緒に北井の家へ来て貰っても構いませんよ」
 太い眉毛を今こそ兄の顔になくてかなわぬものだと、楢雄は傍で聴きながらふと思ったが、しかし口をはさもうとはせず、寿枝が哀願めく眼を向けても、素知らぬ顔で新聞の将棋欄を見ていた。
 半月許りたって、五十前後の男が手土産らしいものを持ってやって来た。浜甲子園の北井の使いだというので、寿枝はさっと青ざめた。ところが、その使いは意外にも今後北井家では修一さんとの交際を打ち切ることにしたから悪しからずという縁談の断りに来たのだった。使いの男は寿枝の饗応に恐縮して帰った。
 修一は夙川の下宿を引き揚げて来て、妾の子だと知れたための破談だと、寿枝に八つ当った。日頃の行状を北井家に調べ上げられたことは棚に上げていたのである。すっかり自信を無くしてしまったらしい修一の容子を見て、楢雄は将棋を挑んだが、やはり修一には勝てなかった。
 楢雄は高槻の学校の近くにある将棋指南所へ毎日通った。毎朝京阪電車を降りると学校へ行く足を指南所へ向け、朝寝の松井三段を閉口させた。楢雄は松井三段を相手に専門棋師のような長考をした。松井三段は腐って、何を考えているのかと訊くと、楢雄はにこりともせず、
「人間は一つのことをどれ位辛抱して考えられるか、その実験をしているんだ」
 と、答えた。楢雄は進級試験の日にも指南所へ出掛け、落第した。
「お前の金はあと二年分しかないのに、今落第されては困りますよ」
 寿枝の小言に金のことがまじると、楢雄はかっとした。修一は口を出せば自分の金が減るという顔で黙っていた。楢雄はその顔をみると、もうわれを忘れて叫んでいた。
「じゃ僕は下宿します。下宿して二年分の金で三年間やって行きます。お母さんの世話にも兄さんの世話にもなりません」
 言いだしたらあとへ引かなかった。その頑固な気性を口実に、寿枝は楢雄に言われる通りの金を渡した。
「しかし、千円だけはお前の結婚の費用に預って置きますよ」
「そんな金は兄さんにあげて下さい」
 千円減ったことで、自活の決心が一層固くなった。
「じゃ、お母さんはお前に月々十円宛、お母さんの金を上げます」
「要りません。食えなかったら家庭教師します」
 そう言うと、修一ははじめて口を利いて、
「お前みたいな頭の悪い奴に家庭教師がつとまるか」
 と、嗤った。嗤われたことも楢雄はこの際の勘定に入れた。そして学校の近くの下宿に移った。寿枝は、下宿をしても洗濯物を持って週に一回だけはぜひ帰るようにと言い聴かせながら、自分は不幸だと思った。

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