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六白金星

織田作之助

 修一は学校を出ると、附属病院の産婦人科の助手になった。報酬は月に一円足らずで、日給の間違いではないかとはじめ思ったくらいだったが、それでも毎日浮かぬ顔をして通っていた。学生服よりは高くついたが、着てみれば背広も安洋服だった。患者の中には良家の者らしい若い女性もいたが、産婦人科へ生娘が来る例しもすくなかった。時々出稼ぎにあちこちの病院へ出張したが、その報酬は全部自分で使い、寿枝には一銭も渡さず、しかも家の費用はすべて寿枝が自分の金で賄っていた。だから修一の金は少しも減らないと寿枝はひそかに田辺の妹に愚痴っていたが、それでも修一が家におらないとやはり寂しかった。修一は宿直と出張の口実を設けて月の半分は家をあけ、どうやら看護婦を相手にしているらしかった。寿枝は修一の留守中泊りに来てくれるようにと、楢雄に手紙を出した。楢雄はやって来て、寿枝の顔に、薄く白粉の粉が吹きだしていることよりも、髪の毛がバサバサと乾いていることの方を見て寿枝を千日前へ連れて行って映画を見せたりした。下宿で随分切り詰めた暮しをしているらしく、げっそりと青く痩せている楢雄の横顔を見て、寿枝はそっと涙を拭いたが、しかし何日か泊って下宿へ帰る日が来ると、楢雄はその何日分かの飯代を寿枝に渡した。何という水臭いやり方かと寿枝は泣けもせず、こんな風にされる自分は一体これまでどんな落度があったのかと、振りかえってみたが、べつに見当らなかった。
 楢雄は煙草は刻みを吸い、無駄な金は一銭も使うまいと決めていたが、ただ小宮町へ行った帰りにはいつも天満の京阪マーケットでオランダという駄菓子を一袋買っていた。子供の時から何か口に入れていないと、勉強出来なかったのである。京阪マーケットの駄菓子はよそで買うより安く、専らそこに決めていたのだが、一つにはそこの売子の雪江という女に心を惹かれていたのだ。栄養不良らしい青い顔をして、そりの強い眼鏡を掛けていてオドオドした娘だったが、楢雄が行くたび首筋まで赧くして、にこっと笑うと、笑窪があった。ある日、楢雄が行くと、雪江は朋輩に背中を突かれて真赤になっていた。おや、俺に気があるのかと思い、修一の顔をちらりと想いだしながら、
「君、今度の休みはいつなの?」
 その休みの日、道頓堀でボートに乗りながらきくと、雪江の父は今宮でブリキの職人をしているが、十八の歳、親孝行だから飛田の遊廓へ行けと酒を飲みながら言われたので、家を飛び出して女工をしたり喫茶店に勤めたりした挙句、今のマーケットへ勤めるようになった。しかし、月給の半分は博奕狂いの父の許へ送っていると、正直に答えた。父の家を逃げ出し、それでも送金しているという点と正直な所が楢雄の気に入り、また、他の店員のようにケバケバした身なりもせず、よれよれの人絹を着ているのも何か哀れで、高槻の下宿へ遊びに来させていたところ、ある夜ありきたりの関係に陥った。女の体の濡れた感覚の生々しさは、楢雄にもう俺はこの女と一生暮して行くより外はないと決心させた。しかし、香櫨園の女中のことも一寸頭をかすめた。
 間もなくビリの成績で学校を出たのをしおに、楢雄は萩ノ茶屋のアパートに移り、母に内緒で雪江と同棲した。そして学校の紹介で桃山の伝染病院に勤めた。母から受取った金は無論卒業までにきちきち一杯に使っていたので、病院でくれる五十円の月給がうれしくて、毎日怠けず通った。一つには人もいやがる伝染病院とはいかにもデカダンの俺らしいと、気に入っていたからである。もっとも病院の方では、楢雄が気に入っているというわけではなかった。背広を作る金がなかったので、ボロボロの学生服で通勤すると、実習生と間違えられ、科長から皮肉な注意を受けた。それでも、服装で病気を癒すわけではありませんからと、平気な顔をしてその服で通していると偏屈男だと見たのか、その後注意もなかったが、しかし寿枝の方へはいつの間にかこっそり注意があった。
 寿枝は驚いて萩ノ茶屋のアパートへ来た。管理人が気を利かせて、応接間へ通したので同棲しているところは知られずに済んだと、楢雄はほっとした。寿枝は洋服代にしろと言って何枚かの紙幣を渡そうとしたが、楢雄は受け取ろうとしなかった。
「僕にはもういただく金はない筈です」
「いいえ、お前の金はまだ千円だけ預ってあります」
「あれは兄さんにあげたお金です」
「じゃ、これはお母さんがお前にあげます」
 それならいいだろうと、無理に握らせると、やはりふと寿枝を見た眼が渋々嬉しそうだった。しかし、帰りしなに寿枝が、
「お前もいつまでも頑固なことを言わずに、少しは世間態ということも考えなさい。お母さんもお前に背広も着せない母親だと言われたら、どんなに肩身が狭いか判りませんよ」
 と言ったので、楢雄の喜びは途端に消えてしまった。それでも雪江には、
「おい背広作れるぞ」
 と、喜ばせてやる気になった。が、雪江は何だか不安そうだった。
 果して、管理人にきいてみると、寿枝は楢雄と雪江の暮しを根掘り聴いて行ったということだった。楢雄は恥しさと、そして二人のことを聴きながら素知らぬ顔で帰って行った母親への怒りとで、真赤になった。翌日、阿倍野橋のアパートへ移った。
 移転先は内緒にしてあったが、病院で聴いたのか、移って五日目の夜寿枝はやって来た。楢雄は丁度病院の宿直で留守だったが、わざと留守の時をえらんで来たらしく、その証拠に寿枝は雪江を捕えて、どうか楢雄と別れてくれとくどくど頼んだということだった。寿枝も寿枝だが雪江も雪江で、寿枝の涙を見ると、自分も一緒に泣いて、楢雄さんの幸福のために身を引きますと約束したという。
「莫迦野郎! 俺に黙ってそんな約束をする奴があるか」
 と楢雄は呶鳴りつけて、「運勢早見書」の六白金星のくだりを見せ、
「俺は一且こうと思い込んだら、どこまでもやり通す男やぞ。別れるものか。お前も覚悟せえ」
 翌日、岸ノ里のアパートへ移った。移転先は病院へも秘密にし、そして「俺ハ考エル所ガアッテ好キ勝手ナ生活ヲスル。干渉スルナ。居所ヲ調ベルト承知センゾ。昭和十二年九月十日午前二時誌ス」という端書を母と兄宛に書き送った。
 ところが、それから三日目に田辺の叔母が病院へやって来た。
「あんたの同棲している女は今宮のブリキ職人の娘で、喫茶店にいた女やいうそうやが、あんたは親戚中の面よごしや。それも器量のええ女やったら、まだましやが……」
 そう言って叔母は、一ぺんこの写真の娘はんと較べてみなはれと見せたのは見合用の見知らぬ娘の写真だった。楢雄は廊下に人が集って来るほどの大きな声を出して、叔母を追いかえした。そして三日目に病院をやめてしまった。無論、叔母の再度の来訪を怖れてのことだったが、雪江には、「いくら伝染病院だといっても、あんなに死亡率が高くては、恥しくて勤めていられない」
 と言い、しかしこれは半分本音であった。
 病院をやめるとたちまち暮しに困ったので、やはり学校の紹介で豊中の町医者へ代診に雇われた。夜六時から九時まで三時間の勤務で月給六十円だから、待遇は悪くはなかったが、その代り内科、小児科、皮膚科、産婦人科の四つも持たされ、経験のない楢雄では誤診のないのが不思議なくらいだった。紹介する方も無責任だが、雇う方も無茶だと思った。しかし、それよりもしたりげな顔をして患者に向って居る自分には愛想がつきた。院長は金の取れる注射一点張りで、楢雄にもそれを命じ、注射だけで病気が癒ると考えているらしいのには驚いたが、しかしそんな嫌悪はすぐわが身に戻って来て、えらそうな批判をする前にまず研究だと、夜の勤務で昼の時間が暇なのを倖い、毎日高医の細菌学研究室へ通った。
 そこでも、研究生の物知り振った顔があった。楢雄は俺は何も知らぬから、知っていることだけをすると言って、毎日試験管洗いばかししていた。試験管洗いは誰もいやがる仕事で、普通小使がしていたのだ。それを研究費を出して毎日試験管洗いとは妙な男だと重宝がられ、また軽蔑された。しかし楢雄は、磨き砂と石鹸で見た眼に綺麗に洗うのは易しいが、培養試験に使用できるように洗うのは、なかなかの根気と技術の要る仕事だと、帰って雪江に聴かせた。
 ある夏の日、二つ井戸へ医学書の古本を漁りに行った帰り、道頓堀を歩いていると喫茶店の勘定場で金を払っている修一を見つけた。ちらりとこちらを見た眼が弱々しい微笑を泛べているので、ふとなつかしい気持がこみ上げたが、しかしその微笑は喫茶店の前で修一の出て来るのを待っている若い女に向けられたものだと、すぐ判った。女はずんぐり肩がいかって美人ではなかったが、服装は良家の娘らしく立派であった。相変らずだなと苦笑しながら、物も言わず通り過ぎたが、しかしさすがに修一も楢雄には気づき、帰ると、
「今日楢雄を見ましたよ。この暑いのに合服を着て、ボロ靴をはいて、失業者みたいなみすぼらしい恰好でしたよ」
 と、寿枝に語った。合服ということがまず寿枝の胸をチクリと刺し、なぜ立ち話にでもあの子の居所をきいてくれなかったかと、修一の冷淡さを責めた。
 寿枝は私立探偵を雇って、京阪マーケットに勤めている雪江を尾行して貰い、楢雄のアパートをつきとめた。早速出掛けたが、二人は留守で、管理人や隣室の人にきいてみると、月給は雪江の分と合わせて九十五円はいるのだが、そのうち二十円は雪江の親元へ送金するほか、研究費とむやみやたらに買う医学書の本代に相当要るので、部屋代と交通費を引くといくらも残らず、予想以上にひどい暮しらしかった。昼飯を抜く日も多いという。寿枝は帰ると為替を組んで、夏服代だと百円送ったが、その金はすぐ送り返されて来た。
「ヒトノ後ヲ尾行シタリ隣室ヘハイッテ散々俺ノ悪口ヲ言ッタリ、俺ノ生活ヲ覗イタリスルコトハ、今後絶対ニヤメテクレ。コノ俺ノ精神ハ金銭デハ堕落シナイゾ」
 という手紙が添えてあった。寿枝はその手紙を持って田辺へかけつけ、妹の前で泣いた。そして一緒にアパートに行くと、もう楢雄は引っ越したあとだった。
 寿枝は楢雄の手紙を持って親戚や知己を訪れ、手紙を見せて泣くのだった。修一はそんな恥さらしはやめてくれと呶鳴り、そんな暇があったら、僕の細君でも探してくれ、細君がないと僕は出世が出来んと、赧い顔もせずに言った。寿枝は圭介の友人にたのんで、やっと修一の結婚の相手を見つけたが、見合では修一は断られた。妾の子はやはり駄目だと、修一は寿枝に毒づき、その夜外泊したのを切っ掛けに、殆んど家へ帰らず、たまに帰っても口を利かず、寿枝は老い込んだ。
 ある夜、楢雄が豊中からの帰り途、阪急の梅田の改札口を出ようとすると、老眼鏡を掛けてしょんぼり仔んでいる寿枝の姿を見つけた。待ち伏せされているのだと、すぐ判って、楢雄はいきなり駈けだして近くの喫茶店へ飛び込み、茶碗へ顔を突っ込むようにして珈琲を啜りながら、俺は母を憎んでいるのではないと自分に言いきかせた。ちらっと見ただけだったが、母の頭は随分白くなっていた。もう白粉も塗っていなかった。寿枝は楢雄のうしろ姿を見て、靴のカガトの減り方まで眼に残り、預っている千円を送ってやろうと思ったが、いや、あの金はあの子がまともな結婚をする時まで預って置こう、でなければ芦屋の本妻に合わす顔がないと気を変えて、夜更けのガラあきの市電に乗ってしょんぼり小宮町へ帰って行った。すると、翌日の夜、楢雄から速達が来て「俺ハ世間カラキラワレタ人間ダカラ、世間カラキラワレタレプラ療養所デ働ク決心ヲシタ。世間ト絶縁スルノガ俺ノ生キル道ダ。妻モ連レテ行ク。モウ誰モ俺ニ構ウコトハ出来ナイゾ」とあった。寿枝は修一をかき口説いた。修一も楢雄がレプラ療養所などへ行けば、自分の世間もせまくなると、本気に心配したのか、一日中かけずり廻ってやっと楢雄のアパートをつきとめると、電話を掛けた。
「おい、強情はやめて、女と別れて小宮町へ帰れ」
 楢雄の声をきくなりそう言うと、
「無駄な電話を掛けるな。あんたらしくない」
 電話のせいか、ふだんより疳高い声だった。
「とにかく一度会おう」
「その必要はない。時間の無駄だ」
「じゃ、一度将棋をやろう。俺はお前に二回貸しがあるぞ!」
 と、ちくりと自尊心を刺してやると、効果はあった。
「将棋ならやろう。しかし、言って置くが将棋以外のことは一言も口をきかんぞ。あんたも口を利くな。それを誓うなら、やる」
 約束の日、修一が千日前の大阪劇場の前で待っていると、楢雄は濡雑巾のような薄汚い浴衣を着て、のそっとやって来た。あおぐろくやつれた顔に髦(たれがみ)がぼおぼおと生えていたが、しかし眉毛は相変らず薄かった。さすがに不憫になって、飯でも食おうというと、
「将棋以外の口を利くな」
 と呶鳴るように言い、さっと大阪劇場の地下室の将棋倶楽部へはいって行った。
 そして盤の前に坐ると、楢雄は、
「俺は電話が掛ってから今日まで、毎晩寝ずに定跡の研究をしてたんやぞ、あんたとは意気込が達うんだ」
 と言い、そしていきなり、これを見てくれ、とコンクリートの上へ下駄を脱いだ。見れば、その下駄は将棋の駒の形に削ってあり、裏にはそれぞれ「角」と「龍」の駒の字が彫りつけられているのだった。修一はあっと声をのんで、暫らく楢雄の顔を見つめていたが、やがてこの男にはもう何を言っても無駄だと諦めながら、さア来いと駒を並べはじめた。

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