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「赤光」に就いて

若山牧水

 斉藤茂吉君の「赤光」を読んでその読後感を可なり詳しく書いてみたのであった。そこへ同君の「さすらひを読みて」といふ一文が届いたので、それを読んでみたところ、前に私の書いた「赤光」評を発表するのがバカ臭くなったから、やめることにした。
 ついでだから斉藤君に一言しておく。君の牧水嫌ひも執念深いもので、「アララギ」誌上殆ど二年越しずゐぶん聞きづらいいやみやら罵倒やらが続いて来たようである。今度の「さすらひ」評も見ようによっては折からの「さすらひ」をだしにして私に対するあてこすりを書かれたものだともとられる。歌といふものにたいへんな知識確信及び忠実も持って居られる君から色々言っていただくことは誠にありがたいこととも思ふ。然し、君のおっしゃることは大体に於て私にも夙うに解ってゐたことのみのように思はれる。若し私の希望が許さるるならば、暫くこのまま私を私の自由に任しておいてほしいことであるのだ。私はいま(私のいまといふのは刻々に続いているので、殆どこのまま涯なくして終るかも知れぬが)非常に迷って居る。非常に迷ってゐると同時に、はっきりと眼にも見えず言ふことも出来ないが、とり除くことの出来ぬ信念を持っている。其の処まで行って見たくてたまらない。渓や溝におちこんでそのまま歩いて行く私からは断えず雫が落ちてゐる。(君はその雫のみを見て常に私に喰ってかかってゐらっしゃる、だから私は今までただ黙って君のおしゃべりを聞流してゐた)もともと貧弱の身であるがため、行くとこまで行き得ないで倒れるかも知れぬ。それはとにかく、成るべくは途中事少くしてずんずん行ける所まで行って見度いのである。若しまた君がその私を見逃すに耐へかね、和歌忠勤軍か何かの大御旗を押し立てて私を叩きつぶさうとなさるのなら、それは君の随意である。要するに個人同志の君と私とは全然別物であるので、おっしゃる君の方でも言ひばえがあるまいが、聞かされてゐる私の方でもくだらぬ煩瑣(はんさ)である。だから、わがままではあるが、この機に際して右の希望を提出した。
 斯んなことをいふと、失敬な奴だとお憤りにならぬとも限らぬ。私に関して書かれた君のものの眼に触れる時々私もそんなことを感ぜぬでもなかった。それもこれで帳消しになるわけだ。

大正2年

牧水全集 第十巻 改造社 昭和5年

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