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短歌の鑑賞と作法

若山牧水

第一編

一 挨拶

 日本に古来幾つかの形式を持った文学が興亡してゐる。時代々々によって或は歌謡が盛んであり、或は文章が盛んであった。歌謡のうちにもいろいろの型があり、或る型は亡び或る型は残った。文章にもそれぞれ時代によって内容形式ともに甚しく違ってゐた。そしてそれらの多くは一つの時代に盛んであって次ぎの時代には亡んで居る。文章は同じ文章でも、形式も書かれた心持もずっと違ったものとなってゐる。さうした中でこの短歌ばかりは上古から現代まで、時代によってその時代相の反映と見るべき変移をその内容に見せては居るが、寸時も断ゆることなくうち続いて来てゐるのである。
 さういふ事から見れば短歌は日本文学の中にあってかなり重大な意義を持つものと考へらるべきである。さう考ふると共に如何にも巌かな、近づき難いむづかしいものの様にも思はれがちである。が、暫らく私はその考へを捨てて極めて平易な、我等の日常生活に最も親しいものとしてこの短歌を取扱ひたいのである。つまり伝統的の短歌、古典としての短歌、日本文学史に於ける短歌といふ風に見る事を止め、単に今日我等の眼の前に在る短歌として先づ此処に短歌を説きたいのである。無論昔から今日に伝って来てゐる短歌の精神、歌の大道に就いては自づと筆を進めるであらうが、失礼ながら諸君を歌に関しての初歩者と見做し、初めて「歌」といふものに面する人々として説いてゆきたいのである。
 ただ私は非常に説明下手で、筋道立て、説き進めてゆくといふ様なことが出来ない。僅かに極く断片的に、座談的に書いてゆくに過ぎないとおもふ。その中から何等かの暗示でも得ていただければ幸である。なほ、見界甚だ狭く独断に陥るところが多いかともおもふ。然るべく御含みの上、御読み下さい。

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「文学講義」
昭和2年4月〜

早稲田大学出版部

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