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女方と「捨身」の芸風

坪内逍遥

 歌舞伎の寿命は傑れた若女方の存否によって伸縮されるといってもよい現状からいうと、松蔦丈の如きは頗る大切な役者の一人でもあり、甚だ重い責任を負っている役者でもある。
 私も五六年前までは、同丈の舞台を相応に見つづけていたが、最近は、つい此間帝劇で一寸観たぐらいの事で、同丈に就いては、あんまり確信したことが言えそうにないから、今は、広く「若女方」に対する私の注文の一部分を話して、若しそれが多少同丈にでも当てはまるようであったら、参考用にして貰ひたいと思う。
 東西ともに、昔から、随分多数に傑出した俳優はあるのだが、芸が練熟して来れば来るほど、とかく自意識が強くなって、所謂匠気や衒気がそのセリフ廻しにも、その仕草にも附いて廻って、その役に成り切ることが出来ないものである。技巧ばかりが目に立つようになる。で、見物人も、「ああ器用な役者だ」とか、「小手先きが利く」とか、「巧いもんだ」とか言って褒める。褒められりゃ成功かというに、「何々屋!」と出る場毎にその家名を呼ばれたり、「巧いな巧いな」と見物人に芸事だと意識されているのは、尚その役者が、その役に成り切らないで役者のままでいる証拠なのだから、真の成功ではない。とかく、昔から我れを忘れて成り切ってしまう役者は少ない。その役その者に身を打込んでしまうという例は少ない。
 なかんずく女方は、まず女に成ろう成ろうという努力が大きいために、骨折りが二重になる。だから、尚とその役には成り切りにくい。殊に、現時の劇は、大部分写実本位になって来たから、女方の努力が七八分までは、女めかす方へ取られる。即ち形の上の苦心、こなしの上の骨折りが主となって、そこに芸の細さや巧みさは現れるが、その役としての自然味や熱や徹底味は稀薄になる。抜巧が目立つ。するとその人物が如何にも怜悧に見えて来る。如才なく見える。おぼこ娘や田舎娘になっても、どことなく故(わざ)とらしく見える。真似事としか思われないという結果になり易い。もっとも、好劇家の中には、今尚そういう芸を好く人達も多勢ある。関西(かみがた)の好劇家の如きは大概そうであるが、単に劇ばかりでなく、あらゆる芸術の上から言って、意識的な技巧を第一としている間は、まだ真物(ほんもの)ではない。「忘我」とか、「捨身」とかいう心的状態に到達するに及んで、そこに初めて無技巧の技巧という一種の旨味が生ずるのである。
 此間も「名残の星月夜」の狂女役を私が特に望んで猿之助丈に演ぜしめたに就いて、わざわざ熱海から鹿島踊の唄や踊を心得ている或男を私が歌舞伎座へ呼び上げさせ、猿之助丈に紹介して、先づその唄の節を、次にその踊の振を取らせ、そうして私の作意通りに、多少新工夫をそれに加へて、田舎娘が精神病に罹り、鹿島明神のお使いを承(うけたまわ)った半分は男、半分は女と自信していて踊るのだという風にして演じて貰うことにした。同丈は、例の如く、大車輪で、私の宅で一日いろいろと打合せをして、前後たった四日間ほどの工夫と練習で、とにかくあの初日を出したわけであったが、その時、舞台の実際を見た私は、更に二三の注意を熱海へ帰る前後に於て同丈に与えた。それは、同丈が本来が立役の人であるだけに、先づ女になろうというのに最大苦心があるらしく、狂女ということが第二位になり、田舎娘の狂女で、神の使わしめであり、半分は男だというような意識は、自然と第三位になりそうな傾向が著しく見えたのを惜しいと思ったからであった。
 私の此狂女の唄と振とに関する第一の注文は、在来の都会情調を全脱することであった。即ち長唄及び江戸浄瑠璃の全部から離れると同時に、藤間、花柳らの手振、殊にあてぶりを悉(ことごと)く捨てることであった。この注文の大部分は総ざらいの日までに、ほぼ段取だけは出来たけれども、例の女になろうという心配が勝つので、踊の手振、足振に兎角しなが有りすぎて、田舎娘の狂女になりかねた。例えば、鹿島踊では、折々踵で尻を打つほどに脚を(股を開いて)挙げて、しかもマの字形に曲げて踊る振があるのだか、猿之助丈は、その脚を(股の開かねようにして)女所作式にムの字に曲げて踊る。それから手を挙げるにしても、肱を胴から離さぬよう、肩を撫肩に落すようにと苦心して、両手をレの字風にしか挙げないようにした。加役の苦心としては、尤も至極のことであるが、私の作意からいうと妙でない。こうなると女優が欲しくなる。性来の女なら、全く無遠慮に、狂い廻って、「忘我」、「捨身」の振をやってのけることが出来るわけだからと思った。
 その後、猿之助丈はどう演じているか、私は初日を観ただけだから知らないが、つまり、右のようなわけで、役によっては二重にも三重にも用意や工夫がいるのだから、いよいよ以て女方の仕事が難しくなる。余程持前が忘我、捨身に適している俳優であっても、こう仮装の工夫が複雑になって来ては、芸が意識的にならざるを得ないであろうと思うと、尚更以て、平生から忘我、捨身の価値を知って、どうしたらそういう境地に達し得られるかという研究をしておく必要があるであらう。
 以上は、広く現在の女方諸子に向っていって見たことなのだが、それが多少松蔦丈の参考にもならば本懐である。勿論「捨身」の意義は、ここに言っただけではつくされていない。それは今いう暇がないから、余儀なくまたの日に譲る。

(大正九年五月十九日、 松蔦後援者の為に。)

松蔦
二代 市川松蔦 いちかわしょうちょう 1886〜1940
東京新宿生まれ。歌舞伎役者。
猿之助
初代 市川猿之助 いちかわえんのすけ 1855〜1922
江戸浅草生まれ。歌舞伎役者。明治7(1874)年「勧進帳」を無断上演し破門。1890年帰参を許される。

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