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雄弁は結構だが雄弁屋は有りがたくなし

坪内逍遥

 私は、近来さっぱり政談とか演説とかいうものを聴いたことがない。衆議院に於ける弁論の如きは、ただの一度も聴かず、青年諸君が催される雄弁会なぞをも未だかつて傍聴したことがない。だから、私には、現在の演説や政談を批評す資格はまるで無いのだが、折角のおもとめだから、過去の記憶を種にして、少しばかり思い付きを言って見よう。
 諺にも言う通り、味噌のあんまり味噌臭いのは下さらない。雄弁といふものは結構に相違ないが、雄弁専門の徒は、古往今来の他のあらゆる専門屋と同じように、あんまり有りがたいものではないらしい。雄弁とは、畢竟するに、或熱烈な情懐が、或喫緊な事件にぶッつかって煥発したものと解釈するのが当然らしいから、あらかじめ仕入れて置かるべき品物ではないのに、それを専門にする段になると、何時でも役に立つように、平生から貯へて居らねばならぬ。丁度彼の旧俳優が、子供の時分から、踊や浄瑠璃で、身振や喉を鍛って、何時でも、爺ござれ、婆ござれ、娘、年増、角力取、色男、ゴロツキござれと四肢五体の使い分けを鍛練し、口吻から表情から、喜怒哀楽の細かい模倣までに熟達しようと骨を折るように、雄弁専門家も慨慷激越の音吐、諷刺嘲弄の呼吸、怒髪衝冠の姿勢等を研究して置かねばならぬ。誰も知っている話だが、昔或者が、例のデモスゼニスに、雄弁の秘訣は何かと質問したら、デモスゼニスは答えた、「第一には科介(みぶり)、第二には科介、第三には科介」と。即ち、口で憤激すると共に全身もまた憤激し、言葉で慷慨すると共に、四肢五体もまた慷慨するようにせねば妙でないと言う意味であるらしい。しかしてデモスゼニスみづからの大雄弁家となった手続きが、雄弁術と俳優術とは、姉妹術であったといふこと、又有るといふことを証拠立てている。彼は、当時の名優に就いて、其弁論術を学習したのであった。現在でも、亜米利加(アメリカ)あたりでは、まるで芝居の稽古然たる方法で、雄弁法を教へる教師が幾らもあるらしい。幸いにデモゼニスは、天成の人格が英邁でもあり、時機も境遇も、彼をして至誠ならしめざるを得なかったから、よかったものの、そうでなかったら、彼もまた一の雄弁屋で終ったかも知れない。
 餅は餅屋といふが、一概にそうも言えない。芸術家や文学者やが、あんまりその専門に偏し過ぎて所謂スペシャリストになると、おかしく時代離れがして、仙人じみたり、独りよがりになったり、又はその反対に俗受主眼になったり、技巧専一に堕落したりするようなもので、多数の俗衆を相手にせざるを得ない所謂雄弁家や俳優は、どうしたら聴衆を感動させることが出来るかと、鍛練すればする程、真摯な気や誠実な心や熱烈な情は稀薄になって、技巧づくめになり易い。拍手させ喝采させるようにと工夫して演ずる優伎、演説ほど戚興の索然たるものはない。
 誰れしも随分虚栄心には富んでいるものだが、俳優と演説専門家とは、その持って生れた虚栄心を更にますます煽動せられ易く、増長せられ易い。否、或意味からいうと、俳優志願、雄弁志願の者は、比較的虚栄好きの手合だといって当然である。即ち芝居気に富んでいるのだともいえる。多数の同胞に喝采され称賛されたいのが第一の望みで、又そういう事が、幾らか得意なので、それでその道に志すのが、十中の八九である。従って、すでに名を成した後までも、公衆の歓迎とか称賛とかいうことに、兎角重きを置かざるを得ない。亜米利加の名優で、人格も高かったブースでさえ、観客の拍手喝采が無いと芸が演じにくいと言ったそうだ。いわんや普通一般の俳優に於てをやである。羅馬(ローマ)第一の雄弁家シセロー(キケロ)が、その反対党には、まるで虚栄の権化の如く言われたのも、必ずしもいわれの無いことではあるまい。
 有名な『フィリピックス』を読んだだけで想像すると、デモスゼニスは、実に大胆不敵な国士であったと思はれるが、それはじめてマケドニヤ王、フィリップに面会した時の史事実を査べて見ると、意外な事が見える。彼は、そのアセンス国民に対してフィリップを弾劾し、叱咤し、詬罵(こうば)した際の勇猛な態度や大胆な口吻には似もやらず、面と向っては意気更に揚らず、まるで威に撲たれた者のごとくに、黙々として何等主張し得る所も無かったとある。して見ると、彼も或は雄弁専門家に有り勝ちのー種の弱点を有していたのかも知れない。即ち、雲霞の如き公衆と相対すると、却って一種天来の勇気を生ずるが、単独で相対すると、非常に神経質になるといふ特質、これは公衆相手の専門家には、常に伴う所のもので、弱点でもあり、長所でもある。心理的に分析して見ると、虚栄心という要素や芝居気という要素がすくなからずその中に混じているように思う。しかしてそこに雄弁専門家となることの危険が存すると思う。
 危険は何事にも在る。私は諸君に、この危険が在るから、雄弁の鍛練をなさるな、なぞとは言わない。鍛練は必要である。たんと鍛練をなさるべきだ。ただこういう危険や弱点が在るということだけは念頭に置いて貰いたいと思うのみである。

(『青年雄弁』所載。)

デモスゼニス
デモステネス Demosthenes
紀元前384・前383〜前322
アテネ生まれ。古代ギリシャの政治家、雄弁家。
ブース
Booth, Edwin Thomas
1833〜1893
メリーランド、ベルエア近郊生まれ。俳優。シェークスピア原作劇を演じ高い評価を得た。
キケロ
Cicero, Marcus Tullius
紀元前106〜前43
アルピヌム生まれ。ローマの政治家、哲学者、雄弁家。著作に『弁論家論』De oratore(前55)がある。
フィリピックス
『フィリッポス弾劾・第1~第3』Philippika
マケドニヤ王、フィリップ
フィリッポス二世 Philippos II
紀元前382〜336
マケドニア王。アレクサンドロス大王の父親。ギリシャ統一を成し遂げた。

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