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都市の味 「郷土都市の話になる迄」の【断章ノ三】

石川栄耀

一、都市と自然

 夫婦の顔はドコか似て居る。
 殊に思われ人同志の場合にそうである。
 これは似て居るのではない似て来るのだ。
 或人はこれをこう説明してる。

 人間は元来何かを模倣しないではいられない動物だ。自分の愛するものを完全に所有したい意志は総てその挙措模倣となり結局其れが昇華して「夫婦は似て来なければならぬ」原則になるんだ-と。

 そしてこれは又人間が無意識にやってる生命の物理学でもある。
 北風の強い時、北に向って帆をあげる船は気狂か、余程の馬鹿であろう。
 同じ家庭の中で、男女二つの生命が波搖し様とする時、その二つが各違った方向を有ったとしたら、力の弱い方が枯死するか、互に衝撃して果てるか、いずれにせよ悲劇に終るにきまってる。その相は不健全で醜い。
 大きな自然のフトコロの中に-そのひと隅の、谷間とか、盆地とか、河岸とか、海際とかに七宝の象眼の様に眇として都市が散点している。
 人間はこの都市を砲台として自然を征服するのだという。
 都市の中へ入って見る。
 ラジオはニューヨークのジャズを伝え、映画は英国ウエムブレーの博覧会開会式を挙行する、倉庫の中にアフリカの香料が山積されてるかと思えば、冷蔵庫には北海の鮭と、台湾のバナナが棚を同じうし、飛行機は半月にして巴里からの旅人を運ぼうとしている。
 緯度と経度を超へ山と河と距離を無視し、近代文明は都市を根拠地として世界を全く単色化し様とする。
 大阪を第二次の東京とし(都市内部へ入るが好い大阪と東京とドレ丈の差があるか。ただ、大きな東京と小さな東京の違いにしかすぎない。)名古屋を大阪のブランチに、豊橋、岡崎は小名古屋という風に脈絡一系、文化の大量生産の網に一目の乱れも見えない。
 人間はもう自然を問題にしない風に見える。
 気の好い人間等は、都市と都市の間に侏儒の様な自然が居て、ただ人間のアゴ使いを待って居る位の自然観しかもっていない。
 然し、一度高い山に登って静に下界を俯瞰して見るが好い。
 おもちゃの様なキラキラする可愛い可愛い都市、都市と都市を結ぶ針金の様な鉄道、それだけだ。
 それが悠々と天地の間に起伏してる山脈と、茫々たる平野の中の何だ。

 自然という大生命。気象と地質と伝統と位置と時間で、地球上一点として等しき相を有たぬ多様な大生命の中に、眇たるおもちゃの様な都市だけがこざかしくもどこも同じ内容形式のものであり得ると考える。-それは世界各国を一国語と手まねで、通り得たりと誇る無識と同じである。

 それは直に二つの生命の相克になる。
 然も必ずや人間に負の卦がある。
 都市が近来あらゆる意味で住み心地悪くなったのは、この辺にも深い消息があるのだ。
 都市計画が法律通り、今日一日の衛生、保安、経済につつがなからしめるだけの事なら、楽なものだ。
 然し若し良心のささやきを幾分なりとも耳にはさんで、人類の住み家として、永久なものたらしめ様と考え出したら、可成り厄介な事だがこの二つの生命の調和-自然と人間と‐否むしろ要言して、いずれかをいづれかに適応させるいわゆる本格の都市計画に手を染めなければならない。しかしてこれも又(人間を自然に適応させるのが順である事はいう迄もない)。此処に都市の諸相が出、味が出る。
 昔の旅は楽しかったそうな。
 難波と江戸と仙台は、全く違った自然にかもされた三つの夢であった。美しくもあったろう、又驚異でもあったろう、心地よくもあったに違いない。都市は自然と人生との油合の極みであったのだ。旅とはその驚異の味到の謂であった。
 今の旅は商用でない限りマゴマゴするとアクビになる。先にもいった通り大阪は第二の東京であり名古屋は小大阪にすぎないのだから。
 別府みやげと江ノ島みやげと、松島みやげは同じ東京の問屋から来てるのだからたまらない。
 せめて世界をまわったら何とかなろうと思った。
 自分の大正十二年十一月から十三年九月にかけての旅はこうした都市相 - 都市の味 - を味わう旅であった。 都市の中に泌み出てる自然の容を(生でなく油合しきった都市相として)探したい願いであった。 - 美しい (装飾されたという意味でなく)都市はあらゆる事に適へる善い都市であるという信念の本に。
 その時の貧しいノートを本として次の項を書いてみた。

二、地方色

 都市の味は前にもいう通りボウハイとして.脈を打ってる自然からもニジミ出なければならない。
 然し自然は現実の横の拡がりを有ってると同時に刻一刻うつりゆく縦の伸び即ち時の相を持ってる、そのためにも都市は又独自の味を有つ。
 前者を地方色とするなら、後者は時代相だ。
 更に文化に対する分坦即商業都市であるか、工業都市であるか、学園都市であるかによっても相を示し、更に面白いのは大都市と小都市とが単なる量の違いでなく、油に水程の質の差を有ってる事だ。此等も又都市の味の原因でなければならない。
 兎も角も順序としてその中、地方色から来る味を考えて見様。
 地図を広げて見る。
 東洋の都市は支那から流れて、印度アラビアの人達は殆ど海綿の様ないわゆる迷路型の塊状都市を形成している。東洋人の生活趣味の中にはこうしたクセがあるのだ。
 アラビア人の征服したスペイン南部、蒙古人の入って行ったアジアロシアにこれの多いのもそれでうなずける。ただ支那本部のかつて帝都だったところだけは、整然たる方形碁盤割で、それはその文明の入ったころ一所に流れて日本にも飛鳥、奈良、京都に入ってる。
 然しこれも結局支那人の事大趣味の産物でなければならぬ。
 英国の都市はジョンブルの性格の如く、一本二本の勝手な道路が自由自ままにゆがみつつしかも、あく迄整然と一つの系統を成しているという型である。
 米国の都市は下手な図工の製図の練習の様に、無味乾燥なしかし大胆きわまる碁盤割である。
 仏国にはベルサイユ宮殿の設計に端を発した美的放射線がいたる所の都市の中に星座の様に輝いて居る。
 ドイツ都市のライン河にそうたものはまた殆ど必ず河を半径とした半円の城砦があり(その内部は海綿状に似て実は整然として美的市街組成になってる事が解った)その城砦を中枢部分とし殆ど図案に近い放射線を発散している。
 ロシアは又これ程多種多様の型式が殆ど全く消化されないで用いられてるところは他にあるまい。
 ヨーロッパロシアはドイツ文化移入の影響をうけたせいかペテルブルグ、モスクワ、ニジニノヴゴロド(ゴーリキー)等クレムリン(宮殿)中心の放射形が多いがアジアロシア方面の植民都市になって来ると、碁盤型やら極端な曲線型や、種々雑多そのままコロゲて居る。
 こうして自然は結局各所属の民族の性情を通じて都市の型の中に自分を語ってる。
 然し都市の味というからには、中へ入って見てからでなければ本当の事は解らない。
 米国の都市に入って見様。
 米国の都市から受ける感じは、不可抗的な圧迫と無趣味と、そのくせどこかに脈々として泌み渡って居る明るさと活気だ。
 いわば文化の野蛮人という感じである。
 総ては機械化されてる。市民の殆全部はアパートメントの間借り人である。庭もなければ門もないただ寝床だけの(も言いすぎだが)間借りである。
 食事にはオートマットから初まってあらゆる便利な食堂が備ってる。
 細君の代りにはよくしゃべりよく踊るタイピスト達が、至極経済的に至極適当な満足を与えてくれる。
 衣服はレディメード屋が二三十分でしっくりとからだに合う様にして売ってくれる。劇場は朝から開いてる。談笑にはクラブがある。庭は町の中央に集めて大公園にしてある。
 我々が一家庭に備えてるものを完全に分化して生活の大量生産をやってるのだ。
 人間機械化にはこれが最良の手段だ。
 その気分が随所に出て居る。
 即機械としての横溢たる活気はあるが、人間としての我々を慰すべき何物かがない。
 道を歩けば道は馬鹿の様に真直ぐだし、家といえば愛嬌もない窓の化物の様なのが見上る様にそびえて居る。
 往来は自動車狂走だ。沸騰する様な混雑だ。
 街路の女王ともいうべき公共建築は、九谷焼の様に金ピカで様式はただギリシャ、ローマのコピー一点張りである(アメリカ人は明らかにギリシャ人だ)。
 仰々しい許りで甘味というものはみじんもない。
 路上彫刻は汎米主義宣伝のワシントンとリンカーンづくめである。
 劇場に入ればただもうダラシのない赤裸踊りか、クスグリ喜劇か単純な安直な恋愛奇譚許りだ。
 夜のタイムス広場へ出てイルミネーションを見るがいい、ただ朦朦とした紅白紫青の何の能もない。
 市民の一人をつかまえて何か見物するものはないかと聞けば、某々ホテルを見なさい、アレは高さ何メートル面積幾エーカー部屋の教何百で使用に何千と来る。次に何公園に行け、その面積何千エーカーその中の植物園の植木何万本と来る。
 思想から形式から、これは文化の大工場にすぎない。
 そこに又我々の理解を許さぬ「明日の美」「即日の善」の萌芽があると或人がほめる。
 それはほめ言の美術品でないかを疑う。
 米国と好いコントラストを作る英仏に入って見様。
 ここで感じるのは何よりも先づ街の随所に素裸で首を出してる柔かい美しい歴史だ、そしてそれから来る味の丸さ渋さである。
 ここにはニューヨークの様な人を圧迫する感覚は全く影をひそめてる、又その代り活気の方は欠けて居るかも知れない。
 殊に英国都市は古雅である。
 沙翁(シェークスピア)を産んだストラットフォードでは、今だに沙翁時代の木と煉瓦を組み合せた古雅掬すべき様式の家を建てる-或は町でそう決めて居るのかも知れぬ。何しても床しい趣味だ。
 エジンバラで一流の通りプリンス街は、伝説の多い古城エジンバラ城を朝霧の谷ごしに仰ぎ(谷を片側とする片側町で欧州随一の美しい通りとされてる)町の片側には郷土詩人スコットの大理想が静に行人を俯瞰してる。
 ロンドン子は1666年の格好な大火の跡を、有名なレン案によって更生される事を肯んじないで、灰燼の上に、旧によって旧の如く曲りくねったオックスフォード街、ストランド街と大入場の関取の様なセントポールのロンドンを描いてしまった。(そしてその趣味が如何に三世紀後の東京市民に共感された事か)
 そこにある建築もあらゆる時代を代表して様々だ。
 オックスフォード街には今にも玉山倒れんとするエリザベスハウスがあり、ストランドには中世の僧の風貌ある典雅壮重の王立法院がある。
 テームス河下に今なお赤装の衛士の居るロンドン塔があるかと思えば、河上にはちくちくたる議事堂及ウエストミンスタア本寺が古建築の粋を語ってる。
 それに又ロンドンがパリ、ニューヨークに対しほこり得るのは路上電車を殆ど有って無い為、例の耳をおおう様な車輪だ鉄軌と相打つかしましい騒音が殆ど無い事だ。バスは鏡の様な路間を静に走り高速度鉄道は地下何十尺をコトリともせず働いてる。
 静かな町だ。長く居て地理を知ったら住みよいとこであらう。人もそういう。
 ロンドンの味は村である。発達し切った村である。
 ロンドンを村とすればパリは町であろう。家並もそろって居れば高さも殆ど堂々たる五階六階でそろってる。街路は定規の様に真直ぐだし、その配置も幅員も殆ど近代都市の模範とされてる程整然としている。
 即シャンゼリゼーとルーブルを結んだ東西軸、これに地球の軌道の様な美しい二重の楕円の広路。
 これら美観道路の要点は必ず美しい広場になって居て、又その中央には必ず革命に因ある記念像が置いてある。(米のワシントン、英のエリザベス、独のビスマーク、伊のエマヌエルの如く)。
 公園があれば像があり、公館あれば必ず広い前庭がある。
 都市全体として頗る整然としている。誠に端正の美である。
 ただパリの不可思議は、あれ程整然とした街が、よしニューヨークの乾燥さと迄は行かすども、ロンドンにくらべてどことなく、ふくらみがない、丸みが足りない、親しみがない事だ。
 第一街路風景の最大要素たる屋根の錯綜美スカイラインの貧しい事。
 ロンドンのそれにくらべたらまるで工場裏だ。
 更に公園とかトロガデロあたりを別として広場の風致のつまらない事。
 十三本の大街を一基の凱旋門で結ぶ事に何の味があろう。
 街の見通しは-この美術国にして-
 肩寒げな直線一点張りで(なぜアノ曲り曲った並木広路が直線の感じだ、恐らくスカイラインの単純さに基因しているのだろう)あるし、それに又建築面の平面さ。
 ただその所々にパンテオンやノートルダムや、アーチや、オペラがあったりするが、それにしてもロンドンの公館があたかも機智そのものの様に点じてあるに比し、これは又何という月並な見得を切って位置されたものだろうか。
 パリはあく迄町である。長屋趣味の取すました月並な硬い都市でしかない。
 さて、此等は地球の中部の(少くも文化帯の)しかも完全な平原都市達である。
 地方色としては平凡しか予期出来ないとこである。
 それにしてもこれだけの味の違いがあるのだ、これを山欧か北欧南欧に眼を移して見る時、実にその特異さは人間の対自然挑戦に対するよい皮肉になってる。
 山のヨーロッパ、スイスの都市の味は一言にして小さくして美しい。筆者のその時の歌に
 スイスお伽噺の紫の水晶の国月の小さき。
 大抵の都市は湖に臨み、そして必ず又峨々としたアルプスの連峰を背負って居る。
 汽車がこれらの町へ入れば必ず先ず、針の様に美しく尖った教会の塔に迎えられ、街へ入ればその町の目ぬきの四角にある、文字盤を丹青心ゆくままに塗ったお伽劇の舞台装置の様な時計台に眼を驚かされる。
 工場の少ないせいか建築物の壁面は処女の様な本来の美に輝き、辻々にある珍らしい彫刻は、丹青金銀の極彩色をほどこして山国の人達の特別な色彩感覚をしのばせる。
 これらのタクバツ極まる細工は(都市工芸とでもいいたい)学校生徒の制帽を、白、青、赤、黄と燃える様な色別でやった面白い性格の国民にして、初めてやれる事なのだろう。
 ベルン、ルセルン、シロン、ジュネーブ、それ等は雪解の陽を仰ぐ様な朗な思い出である。
 哲学と音楽の国ドイツに入れば都市は顕しく瞑想的になって来る。
 都市をめぐってるのは千古未踏の森林である。
 それ等は材木を採る為でも何でもなく、ただ散策好きなこの国民に永久の散策を恵む為に与えられた市有或は寺領林だ。
 都市内部の公園も仏、伊の様な花壇噴水式であるよりむしろ顕しく森林性を帯びてる。
 市街の建築物はゴシックから入った縦線に富んだ安山岩荒けずりの灰色の物が多い。それは地下鉄道の入口の柱に迄使われてる。
 殊に我々はあのジウーナン性に富んだ屋根の勾配曲線を何ともいえず味わう。
 そして此等がドレ程都市に瞑想味を与えている事か。
 街を歩けば至る所に路上彫刻のある事は英、米、仏に等しく、そして又それ等が多く単純な英雄崇拝か軍国主義宣伝の具にすぎない事の多いのも同じである。
 ただここではこれ等とならんで母の悲しみ、蛙、お伽噺、山よりの子、笛、ショーペンハウエル、ハイネ等という純粋芸術のもの、或は文人の像が少からず行人の心をうるおしてくれる。此処にドイツ人の大きな半面がある。
 夏に橋を見よ、それは天を摩する様なタイドアーチだ。そこにはリウリウたる縦線の鉄材が繰り返されてる。
 特にドイツ中世都市の広場と建物の調和、屋根の美しさ、曲線道路の美しさについては、既に英国田園都市創始連にドレ程参考になった事か。
 ドイツを抜けで北スカンヂナビア三国に入れば都市はいよいよ特色づけられる。
 ノルウェーの都市は、大抵断崖と断崖の間にはさまって居て、帯の様な深碧を湛えた峡湾に臨んでいる。山又山の此の国に取って峡湾は唯一の交通道路だから、都市は其の成立の条件としてこれにそったワケだ。
 後に山を背負い、深碧に臨む家々、殊に木造の家が多いのでそれ等は大低、赤とか青空とかとりどりの色に塗られてる。
 木造の家は粗だけれども、やさしいものだ。
 こうした家々が山の上に点々と花の様に点じられている都市、殊にその前には此等全部を倒影し、かげもくずさぬ清澄極まりない水面を有ってる都市は晴明そのものである。
 この国の彫像の特色は同じくドイツの系統は引いてるが、著しく文人とか芸術家が主題になってる事だ。
 公園の小高い丘の上には自然石の台石の上に、今家からブラッと出て来て一寸立寄ったといった風な楽な形を採った銅像が、同じく自然石に寄りかかって街を見おろしてる。
 小さな広場には花壇でも逍遥する気のクリーグの像がある。
 王立劇場の前には、黙々として想にふけってる、イブセンとビエルンソンが立っている。
 いづれにせよその台石が実に簡粗で背の低いのが親しく、彫像のポーズの楽で自由なのがよろこばしい。
 然しスカンヂナビア三国も、スウェーデン、デンマークに入ると余程特色が減り、スイスとパリ、ドイツの端正なとこを打って合せた様な都市が多い。それは一つは国民性と、一つは歴史がそうさせたのでもあろう。
 勿論そこにも他で見る事の出来ぬ螺旋形の異形な塔のある、風景や何かは所々に見出す事は出来るが。
 さて全く転じで南欧イタリア、スペインに入るならば都市の味も一八〇度の回転を示し、先づ我々は町の辻々にホントウする噴水の多いのに胸を張る。殊にスペインの辻々では設計の面白い古雅な涌水井戸のまわりに、人々が水瓶を肩にかかえて集まってる画趣ある光景に接する。
 家々は皆思い切り街上に突き出した露台を持ち、そこには香ばしい風がただよう。
 何にも増して又植物の多い事。
 然しイタリアはギリシャの揺藍の中に育ち、スぺインはサラセンと歴史を交えてる。
 そこに一つは南欧の山の手となり、一つはその下町となる環境が生じた。即ち二つの国の都市には品格に於て根本的食い違いがある様に思われる。
 イタリア都市の建築物はギリシャの伝統をついだ為、明暗の変化錯綜は殆どその極致に達してるが、その代わり色彩には完く乏しい。
 殊に今のイタリアは、ただ古ローマの廃墟の中に御大相にウズクまって居るのだから、若しその中に残ってる歴史と伝説をのぞいたら、都市としては殆ど無価値だろう。
 殊にその大理石が古び黒く汚れてしまっては無価値以上の様な気がする。(かといって未来派宣言の様に新しきものの総て佳しとはいわないが)。
 そしてその間の丘といわず、庭といわず、アノ一本脚の烏の様な、真黒なヒョロヒョロした、サイプレスが謎の様にニョキニョキ立ってる。
 スぺインは違う。
 サイプレスに代るには葉のひろい熱帯樹である。街の真中にはその美事な植樹帯がある。(そしてその葉かげの大理石の椅子に、乞食が伸び伸びと午睡をしていた事だった)
 建物は随所にサラセンだ。各市の宏大な闘牛場、大ホール(バルセロナの新大通りには殆ど全部陶器の様な色も彩な、そして又屋根といい、軒といい一つとしてトゲトゲしい直線のないサラセン建築の純粋なものが、披ける様な蒼い空に光っていた。寺院の窓。
 いづれその匂いのないとこはない。(行人の眼、顔色にもまごう方なき東洋の影がある)。
 南欧の夜が紫色の帳をかけるなら、この二つの国は又二つの違った容になる。
 自分のすごしたバルセロナ、マドリッドの夜は、ブドウ酒の泡立っ様に華やかなものだった。
 ホテルの窓の下には、夜通しトミクヂ売りの叫び声やら、花火をあげる音、ギターとマンドリンで踊る兵士達で、寝られない夜が幾つつづいた事か。
 それに引きかえナポリの夜は静かだった。海際の浪のかすかにきこえる、ホテルの高窓を開けて(月の好い晩であった)露台に出ればカスむ様な往来に、乞食夫婦がギターをひいて金を乞うのが小さく見えた。
 さて最後に日本と支那の町から受ける感じは、支那にはどことなくこのスペインの気分があり、日本にはノルウェーの気分のある事だ。
 支那は色彩的、土石蔵、色瓦、屋根のソリ、そして市人のかしましさ。
 日本は総て単調で色彩に乏しい(これはノルウェーに違う)直線、木造、町の静けさ、山水。

 以上秩序なく印象のままに述べて来た。ともかくも単純な近代人が如何に思いあがろうと、繊細な眼で街の隅々を見るなら、自然は如何んともしがたく随所ににじみ出て、美しい地方色をあらわし旅人をよろこばしてる。
 自分はこの地方色のある間、その都市は神に恵まれて居り、これがうすれて行くに従い、破滅の階段を降りつつあるものと占うものだ。
 (かといって籠を以て汽車に、千石船を以て蒸汽船に、対抗せよとはいう筈はない、世界的に交渉す可きものは世界色のあるもので、地方的のみのものは地方色的のもので、やるのが自然であり、合理であるに不拘、総てをただ一つの規画で行こうとするものに対する弁をなすだけなのだ)。

「都市創作」 大正15年2月

※本文中には、不快用語が含まれるが、本文の主題は別にあり、その理解のためにこれを残した。

レン案
レン Wren, Sir Christopher 1632〜1723
ウィルトシャー イーストノイル生まれ。イギリスの天文学者、建築家。
ロンドンの大火(1666)後に大規模な都市復興計画を立案したが実現しなかった。代表作にセント・ポール大聖堂(1675〜1710)など。
三世紀後の東京市民に共感された
関東大震災(大正12(1923)年9月1日)後の震災復興計画を指している。
ショーペンハウエル
Schopenhauer, Arthur 1788〜1860
ダンツィヒ(Danzig)生まれ(現在のポーランド北部 グダニスク)。ドイツの哲学者。

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