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日限萬里子の缶コーヒー

大阪 三角公園

 缶コーヒーは、清涼飲料のなかで一つのジャンルとして大きな比率を占めている(注1)。清涼飲料の容器が缶からペットボトルに移行する流れの中で、コーヒー飲料等(注2)だけは『缶』でありつづけている。缶コーヒーは、典型的なイメージ先行型の商品であり、かつての「たばこ」のように、ちょっと現実ではありえないムリなポジティブイメージだけを伝える広告に溢れている。例えば、テレビCMで言えば、タイガーウッズが缶コーヒーを飲んでからドライバーショットで300ヤードオーバーのビッグドライブを打つとか、朝、通勤前の倦怠感が缶コーヒーを飲んでスッキリとか。缶コーヒーを飲むと豪華なメンバーに囲まれてジョギングとか。とにかく、『缶コーヒー』を飲むのがCMの鍵となっている。
 別に、こんなことは缶コーヒーに限らず、カルピスウォーターを飲んでもCMのように10代の恋愛がうまくいくとも思えない。もちろん、カルピスウォーターを飲んでも長澤まさみが出てきて恋の手助けはしてくれない。ただ、缶コーヒーという一ジャンルのために、メーカーを問わず流れ続ける膨大なイメージは、前記の一商品であるカルピスを優に超え、蓄積されつづけている。
 その為、缶コーヒーは『缶』のままでありつづける。

 大阪ミナミの若者の街、アメリカ村の誕生のきっかけは、故日限萬里子さんが三角公園で飲んだ缶コーヒーだった。
 三角公園で缶コーヒーを飲みながら閃いた「夜遅くまでコーヒーを飲める店が作りたい!」とのヒラメキがアメリカ村を生んだ(参考 「アメリカ村のママ 日限萬里子」2007 日限満彦 小学館)。

 日限萬里子さんの飲んだ缶コーヒーは何だったのだろうか。

 アメリカ村誕生の原点、日限さんが世界一周旅行を中止して作ったカフェ「LOOP(ループ)」のオープンが1969(昭和44)年7月(注3)、この時点で存在した缶コーヒーは、UCCの缶コーヒー『UCCコーヒー ミルク入り』だけだった。世界初の缶コーヒー「UCCコーヒー ミルク入り」は1969年4月に誕生したばかり。「缶コーヒー誕生」→「三角公園で缶コーヒーを飲む」→「カフェ『ループ』オープン」、この間の期間は、4ヵ月間しかない。
 実は、ご本人が書き残したものには、「缶コーヒー」は出てこない。彼女は、あの晩、缶コーヒーは、飲んでいなかったのだろうか?ただ、彼女の作ったカフェ「ループ」の誕生、そして、アメリカ村誕生の原点には、缶コーヒーが良く似合う。
 UCCの創業者「上島忠雄社長がある日、列車が停車した駅の売店で瓶入りのミルクコーヒー(いわゆる『コーヒー牛乳』[著者注])を買って飲んでいた。しかし、列車が予想外に早く出発することになりコーヒーを飲み残したまま列車に飛び乗らなければならなかった。倹約家で、物を粗末にしない明治生まれの上島忠雄社長には、飲み残したコーヒーのことがいつまでも心にひっかかっていた。そして、ある思いがひらめいた。いつでも、どこでも、手軽に飲めて、しかも常温で流通できるようなコーヒーはできないだろうかと考えた。「瓶を缶にしよう!」という発想がわいてきたのだ。(「UCCのあゆみ 60年史」UCC上島珈琲株式会社 平成7年)」
 彼女が、コーヒー牛乳を源泉とする子供だましの缶コーヒー(注4)を飲んで「夜遅くまでコーヒーを飲める店が作りたい!」、「本物のコーヒーが飲みたい!」と言ったほうが、新しい街が作られる発端としてのダイナミズムを感じる。
 今年の7月は、「ループ」開業、アメリカ村(都会派の日限さんは『村』という名称を嫌っていたというが)誕生40周年でもある。夜、三角公園で缶コーヒーを飲んで彼女を偲んでみるのはどうだろうか。
 300ヤードオーバーのドライバーショットなんか見るよりも…

注1 「清涼飲料関係統計資料」によれば、2008年の清涼飲料生産量シェアで、大分類上は、茶系飲料(ウーロン茶4.8%、紅茶5.6%、緑茶12.9%などを含み)30.2%。炭酸飲料(コーラ炭酸飲料6.9%、透明炭酸飲料2.1%などを含み)16.5%に続きコーヒー飲料等は15.9%で第3位。茶系飲料のウーロン茶と紅茶、炭酸飲料のコーラとサイダーなどは明らかに異なる飲み物と認識されているが、コーヒー飲料等についてはコーヒー分含有量によって分類されておりその違いを意識することは少ない。コーヒー飲料等以外を小分類とした場合、コーヒー飲料等のシェアが一番となる。また、容器別生産量シェアでは、コーヒー飲料等は『缶』が71.3%を占めダントツのウェイトとなっており、『缶コーヒー』という一ジャンルを形成している。ちなみに炭酸飲料は缶の比率が29.4%となっている。(参考資料「清涼飲料関係統計資料」(社)全国清涼飲料工業会 2009)

注2 コーヒー飲料等 コーヒー飲料等の表示に関する公正競争規約((社)全国公正取引協議会連合会 コーヒー飲料等の表示に関する公正競争規約 PDF)等による分類、「コーヒー入り乳飲料」、「コーヒー入り清涼飲料」、「コーヒー飲料」及び「コーヒー」を指す。
「コーヒー入り乳飲料」は、乳固形分(無脂乳固形分+乳脂肪分)3.0%以上でコーヒーフレーバーを使用したもの。「コーヒー入り清涼飲料」は、コーヒー分含有量1%以上2.5%未満。「コーヒー飲料」は、コーヒー分含有量2.5%以上5%未満。「コーヒー」は、コーヒー分含有量5%以上を含んだもの。

注3 『日限萬里子の「ママいるぅ?」その3』Meets Regional(ミーツ・リージョナル) No.90 1997年6月

注4 “当時、ミルクなどの乳製品は高級品という考え方があり、また食生活も甘味のある商品が贅沢品とされていた。このようなことから缶コーヒーは砂糖、ミルク分を多くした乳飲料として開発する方向が決まった。”「UCCのあゆみ 60年史」

大阪三角公園マップ

大阪三角公園マップ
日限萬里子
ひぎり まりこ(故人)
1969年、彼氏との世界一周旅行に出かける3日前の夜、彼女にとって地元である大阪市三角公園のベンチで彼氏と缶コーヒーを飲みながら閃いた「夜遅くまでコーヒーを飲める店が作りたい!」というアイデア。旅行を中止して、二人で公園の前の貸事務所を借りてオープンさせた「LOOP」という名のカフェが、倉庫や貸事務所ばかりの殺風景な街を現在の大阪の若者の集まる街「アメリカ村」に変えたという逸話を持つ人物。
生前、彼女の口ぐせの一つに「街は人がつくる」という言葉があったという。

「Webm旅 2007年9月号 龍潭考」

The late Mariko Higiri
One night in 1969, three days before Mariko Higiri was due to embark on a round-the-world trip with her boyfriend, she sat with him on a bench in Sankaku Park in her hometown, Osaka, drinking canned coffee. It was then that she hit on the idea of setting up a shop where people could buy coffee until late at night. They cancelled their trip and opened a cafe called “Loop”, using a rented office opposite the park. Her cafe changed a dull cityscape of warehouses and rented offices into today’s “Amerika-mura”, a gathering place for the young people of Osaka. For this Mariko Higiri has gone down in local folklore. One of her favorite phrases is said to have been “Machi-wa hito-ga tsukuru”-“It’s people who make cities”.

「Webmtabi 2007.09 Ryutan-ko Thoughts on Ryutan Pond」

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