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文楽のほめ言葉

文楽人形

「文楽人形は生身の真実であり人形師達は姿なき運命の手である。彼らは石のように感情を見せない顔を舞台にさらしながら人形に生命と血と歓喜と苦悩を吹き込んでいた。文楽見物は西洋人にとっても不思議に心を奪われる一夜の経験である。 クライブ・バーンズ ニューヨーク・タイムス」

「10年の思い出」文楽協会 昭和48年

“The art of Bunraku is mixture of puppetry, acting and song. Interestingly, the facial movements of these wonderfully complex puppets are comparatively slight. The emotion and power are conveyed largely by their movements and gestures. After watching these puppets for a time they become completely real. Any fear that they might be dolls is suspended, even the inscrutable-puppet-masters, as solicitous of their charges as patient male nurses, far from destroying the illusion actually seem to add to it, seeming charmingly domestic in their care and yet Weaving around the actors like giant and invisible black angels or forces of destiny.
As in the Kabuki dance drama, Bunraku is seen primarily as a theater of heroes, where a man's honor is his philosophy of life, the link between himself and God or the immeasurable universe.
Such ideas, like those of a man's degree, are not so far removed from our own Renaissance theater. What is strange is the temperamental application of them, as seen through Japanese eyes.” By CLIVE BARNES

“Theater : Bunraku Puppets Appear at City Center” By CLIVE BARNES The New York Times March 16,1966

 誰にでも経験があることだと思うが、思春期、「聴けば分かる。」なんていう言葉とともに自分の気に入った音楽CDを友人に貸したことはなかっただろうか。貸した次の日には、スグ感想が聞きたくてちょっとしつこく「どうだった?」と聞いたことはなかっただろうか。同じパターンは、マンガ、雑誌、小説、テレビ番組、ラジオ、ビデオ、時には自分の乗っているバイクにすらおよんだ。相手の反応は、様々だった。
 なぜこんなことを書くのかといえば、アマゾンの電子ブックリーダー「キンドル」を読んでいる人を見て「あの人は自分が読んで気に入ったもの(本?)を人に薦めるときにどうするのか?」と疑問に思ったからだ。実は、同じことはipodなどのmp3プレイヤーで聞いている音楽についても言える。昔のようにCDやカセットを人に貸すように自分のパソコンに入ってるiTunesの曲を友人に貸す方法を私は知らない。パソコンごと貸すのは論外としても、ipodごと貸すのもどうかと思う。だからと言って「買え」とか「買ってみれば」というのも、経験上タダでモノを貸しても相手が気に入らないコトは多いだけに気がすすまない。
 別に高度なネットワーク社会が個人と個人を分断しているというパラドックスの話をするつもりはない。前置きが長くなったが、舞台や映画は昔から試しに人に貸すことは出来なかった。大阪で文楽(ぶんらく)を見るのは、私にとって大きな楽しみだが人を誘っても大抵相手の反応は薄い。文楽に誘っても結局NGKの吉本新喜劇に落ち着くことも多い。

 どうすればうまく文楽に誘うことが出来るだろうか?

何回か文楽を見たことがある人を誘う場合

 文楽への拒否反応の中には稀に「何回か見たことがあるからもういい」といったものも含まれる(歌舞伎、能などの伝統芸能では多い反応だ)。その“何回か”とはどんなものだったかを聞くと「よくは覚えていないがつまらなかった」といった答えが多くの場合返ってくる。つまらなく退屈なら覚えていないのは普通だ。つまらないと感じた文楽の筋をスラスラと語る人は普通いない。

 そんな時、「どこの席で見たのか?」を聞いてみるのがおすすめだ。

 そもそも、文楽は聞くものという意見の人も多いが(例えば、安藤鶴夫など)、大夫によって語られる義太夫節(ぎだゆうぶし)が独特の節回しで現代語ではない以上、現代では見るという要素の方が強まっていると感じる。後の方の席から豆粒のような文楽人形を見ても退屈に感じるのは当たり前に思える。もしも、後の方で見たとの答えだった、今度は前の方で見ようと誘ってみたらどうだろうか。
 ところで、大阪の国立文楽劇場には、一幕見の席の用意があり、私自身は気に入っているが人にはすすめない。一幕見の席は、劇場後方の一番端っこで席から見える人形のサイズは小さい。名古屋にある御園座の歌舞伎の一幕見は少し変わっていて、幕ごとでなく、途中の幕まで終わって空席があれば、空席を幕見席として売り出す。そのため、一等席の位置でも幕見することができる。文楽こそこのシステムを取り入れるとファンのすそ野を広げ、より満足度を上げることが出来ると思うがどうだろうか。

はじめて文楽を見る人を誘う場合

 実は、文楽を初めて見る人を誘うのはちょっと難しい。「文楽は、2003年ユニセフより『世界無形遺産』として宣言を受けた」と言って誘うのはどうだろう?「国宝芸術」から「世界無形遺産」にタイトルが変わっただけで本当に大切な中身は置いてきぼりと感じる。こんな言葉で人を誘うのは、あまりにも上滑りで自分に定見がないと告げているようなものだと言ったら言い過ぎだろうか。
 文楽に人を誘うのにどんな文句がいいのか、「文楽のほめ言葉」を探してみようと考えた。文楽を初めて見る人に話したら、相手がぜひ行きたいと感じるような「文楽のほめ言葉」。自分自身もその文章を読んだだけで「ああ、文楽を見たい。」と思えるようなほめ言葉を探してみようと考えた。
 いろいろ探してみたが、いわゆる文楽好き、文楽ファン、文楽通の日本の作家であっても、良い「文楽のほめ言葉」を書いている人が以外に少ないことに気が付いた。あまりに手放しに誉めるのは、インテリとしての沽券に係わるのかストレートなほめ言葉を書く作家は少ない。多くのパターンとして、文楽応援団を自任しながら陳腐な表現や、とにかく文楽を見ましょう的な内容に終始している。内容は度外視で「日本の古典、文化を守り育もう」その一助になればという芸術文化防衛組織の一員みたいな気分で文楽について語っている。またこういった人たちの文章には、自分の眼力に自信が無いのがありありと見える。古典芸能を愛する奥ゆかしい私というミーハーな感情以外、文楽を見ることにより生じるであろう感情“喜び”を感じることができない。織田作之助が書いた

 私を邪険に扱った案内嬢も、いつか文五郎のサワリにひきこまれていたのか、「阿波十」の幕がおりると、「文五郎はんのサワリはいつ見てもよろしおまんな」とどこかの婆さんをつかまえて、言っていた。婆さんは、「ああ、もう古靱はんの阿波十きかしてもろたら、何もいりまへん。おおきにごっとはんでした」と御馳走になったような挨拶をしていた(「文楽の味」)。

といった“喜び”が感じられない。感情が無い上、眼力に自信がないために、評価という知性も欠如している。内容はともかく自分が、いろいろなところに文楽について書くことで、不人気な古典芸能のパトロン気分。そんなものが多い。書いている本人も本当にイイものかどうかに自信がないだけに「ほめ言葉」にもなっていない。
 今回、紹介する「文楽のほめ言葉」は6篇、日本の作家の文章が2篇、外国人によるものが4篇。前述「文楽の味」で織田作之助は、“ハーゲマンやクローデル等異人の文楽論の翻訳など載せているのは、何か余計なおせっかいのように思われる。異人に文楽の見方を教えられなくとも、黙って虚心坦懐に見物して居れば、すくなくとも私たち大阪人には、昆布の味のように噛みしめれば、しみじみその良さが判る筈である。”と書いたが、大阪人も含めすでに私たちは、文楽、そして文楽を構成するものに関して外国人ほどの感受性しか持ち合わせていない。織田作之助の時代と異なり、素人義太夫大会などというものを目にする機会もない。そこで、ハーゲマンとクローデルの文楽論の一部(原語 原文は全文を別ページにリンク)2篇を加えた。特に、ハーゲマンの文楽に対する激賞は一読に値する。
 結果的に、日本の作家の文章は2篇にとどまった。
 この2篇には「亡くなった名人の○○は、文楽のことを何も知らない私が見ても…」といった事を書く作家の文章は含まれていない。こういった人は、おめでたい競馬ファンと一緒で自分のあてずっぽうが当たった時だけ覚えているもので、ハズレた時のことはきれいさっぱり忘れてしまう。第一、おぼつかない自分の感覚を、その道の権威の評価で答え合わせをしているだけで読むべき内容は含まれていない。ある意味、内容は、権威筋のオウム返し、良くても“やまびこ”止まりといったところだ。
 また、いわゆる古典芸能評論家の文章は含まれていない。古典芸能評論家といいながらもその実、根気と時間さえあれば誰でも書けるような名作の「あらすじ」と「みどころ」を満載したガイドブックを書いているような古典芸能評論家には、生きた言葉で“ほめ言葉”を書くことはできない。
 評論家自身、中途半端なコレクターで、劇場で買ってきたパンフレットを後生大事に書斎の本棚に収めるような感覚で観劇をしている。そんなガイドブックを読んでも中途半端な評論家のさらに10分の1のミニチュアになるだけだ。彼らにとっての観劇は本棚に収めるパンフレットと同じ○○を見たという、観劇歴の積み立て貯金に過ぎない。観ることより観たということが大事になってしまっている。
 知識とは本棚に収めるものでも積み上げていくものでもない。知識とは燃やす炎だ。パンフレットを本棚に収めていくような文楽論ではなく、書斎の火鉢や暖炉にパンフレットを投げ込み燃え上がらすような文楽論が読みたい。見つけられないのだったら自分で書けばイイと思ったが、自分が劇場でパンフレットを買わないことに、今、気が付いた。

文楽のほめ言葉

「僕が文楽を見るときは、いつも天下一品の鑑賞をしたものである。もちろん人形のこまやかな所作やフィーリングを享楽することは忘れないが、正直いうと、そんなものよりもっとモッサリした黒頭巾黒装束の人間<人形使い>の汗みどろの立ちふるまいに、ものすごく興味をもったし感動もしたのである。人形の動きだけなら、その操りが神技であればあるほど、人間疎外の技術的結果だけがさびしく映像に残る。まったくイケズな鑑賞のようだが、たくまないこんな見方がほんとうに人間的に正直で、大阪的であるんだ、と僕ひとりは考えているのである。 今竹七郎」

随筆集「大阪讃歌」ロイヤルホテル 1973

「兎も角も我々は日本の人形芝居を単なる人形芝居と見ないで最も高き表現藝術と見なければならない。日本の人形は最も特殊な、然も同時に、最も純粋な最も正直な芝居を見せる点に於いて、今日世界にその類を見ないものである。この人形が具体するものは最も深い人間的で藝術的な価値である。それに用いられる手段は最も簡単な手段である。自動人形(アウトマート)が人間を表現する。木偶が人を震撼させる。人形が偉大な国民的演劇に生命を吹き込む。ここに表れるものは演劇藝術の最後にして最高のものである。是こそ、演劇のすべてであり演技のすべてあり芸術のすべてである。 カール・ハーゲマン」

『ハーゲマンの見た文楽』小宮豊隆 「文楽」筑摩書房 昭和17年

“ Jedenfalls haben wir es hier im japanischen Puppentheater nicht zu tun. Die japanischen Puppen liefern das aparteste und gleichzeitig echteste und aufrichtigste Theater, das heute in der Welt betrieben wird. Was sie gestalten, sind vertiefteste menschlich-künstlerische Werte. Die Mittel, mit denen es geschieht, die denkbar einfachsten. Automaten stellen Menschen dar. Holzpuppen bringen Erschütterungen hervor. Marionetten lassen große Nationaldramen lebendig werden. Was hier vorgeht, ist Theaterspielkunst letzten und höchsten Grades. Ganz Theater, ganz Spiel und ganz Kunst.“ von Carl Hagemann

“DIE PUPPEN VON OSAKA” Spiele der Volker : Eindruckeund Studien auf einer Weltfahrt nach Afrika und Ostasien(“大阪の人形” 諸民族の演技(民族の演劇) シュピーレ・デア・フェルカー) von Carl Hagemann

「人形芝居といふものに私が興味を持ったのは、子供の時に始めて「アラディンと魔法のランプ」を見て以来のことである。そういう人形芝居にはどこか薄気味悪い所と、それから何かこの上もなく愛らしいものがあって私を惹き付けたのを、私はもう少し年を取ると、凡て私がまだ子供だったせいなのだといふ風に解釈し、その二つが頭の中で切り離せないままに、自分が子供ではなくなったのにやはりこの木で出来た人形の作り出すお伽噺の世界に執着があるのを恥しく思はないではいられなかった。それからずっとたって、日本の文学を研究するようになってから、私は少くとも世界の一国では人形芝居が大人の為の娯楽としてのみならず、見事な劇芸術の形を取って発達したことを漸く知った。私は文楽が日本の文学史と演劇史の両方で極めて重要な位置を占めていて、世界の他の国々で人形芝居が意味する低級な娯楽に属するものではないことを理解し、又、日本で最大の悲劇作者である近松門左衛門が役者の芝居ではなく人形芝居の為に書いたことも知った(一)。そして後に、文楽を見る機会を得て、今日の文楽の観衆も昔のと同様に、人形遣いの人形の動かし方を面白がって眺める為でなしに、本式の演劇を楽しみに来ていることを確めることが出来た。そこでは、西欧で人形の道化振りに対して起る種類の笑い声を聞くことよりも、例えば、婆さんが何か悲しい場面に来て涙を拭っているのが目に留ることの方が多いのである。 ドナルド・キーン」

「文楽」ドナルド・キーン 講談社 昭和41年

“Puppet and marionette shows have intrigued me since I was a child and saw my first Aladdin and his Wonderful Lamp. Something uncanny, and at the same time enormously endearing, gave these shows an allure which in later years I was mistakenly to attribute to the guilelessness of extreme youth. The association of puppet shows with the schoolroom proved so strong, indeed, that once I considered myself beyond the stage of childish pleasures I felt rather ashamed of my lingering fondness for the make-believe world of little wooden people. Only much later was I to discover, after beginning the study of Japanese, that in one country at least the puppet theatre had developed not only as an adult entertainment, but as the vehicle of a magnificent dramatic art. I came to realize that Bunraku (the common name for the Japanese puppet theatre) occupies a most important place in Japanese literary and theatrical history alike, and by no means belongs to the frivolous class of entertainments associated with puppets and marionettes in other parts of the world. I learned too that Japan's greatest tragic dramatist, Chikamatsu Monzaemon, wrote not for actors but for the Bunraku puppets,(1) and when I later had the chance to attend the Bunraku Theatre, I found that the audience today as in the past is there to enjoy a true dramatic performance rather than an amusing display of the dexterity of the operators. I noted how much. more frequently one saw an old lady brush away the tears induced by some pathetic scene than one heard the sounds of laughter we migfht expect in the West at Punch and Judy shows.” By DONALD KEENE

[Bunraku The Art of the Japanese Puppet Theatre] DONALD KEENE Kodansha International

「 その人形はいわばそれ自身として、ひとつの独立の生命を持つ仮面である。仮面と言っても単に顔だけではなく、手足もついた全身の人形である。それは自由自在に動作でき、我々の手の裡で小柄ながら完全に人形の形を備え、身振りによって我々の注意を惹きつける。
 そして生身の役者が自分の体重と骨の折れる動作に縛られているのと反対に、人形は足を地面につけず、あらゆる方向に同じような軽快さで動き回り、あたかも白紙に描いたデッサンのように、重量のない世界を漂っている。
人形の生命はその中心にあり、まわりに星型に突出した頭と四肢とはたんにその表情をつくる要素であるにすぎない。いわば四囲の接触から隔絶した光輝燦爛たる星であり、しかもその星は我々に話しかける。 ポール・クローデル」

『文楽座について』ポォル・クロォデル 中村光夫訳 「文楽」筑摩書房 昭和17年

“La marionnette c'est le masque intégral et animé, non plus le visage seulement, mais les membres et tout le corps. Une poupée autonome, un homme diminutif entre nos mains, un centre à gestes. La marionnette n'est pas comme l'acteur humain prisonniére du poids et de l'effort, elle ne tient pas au sol, elle manœuvre avec une égale facilité dans toutes les dimensions, elle flotte dans un élément impondérable comme un dessin dans le blanc, c'est par le centre qu'elle vit, et les quatre membres avec la tête, en étoile autour d'elle, ne sont que ses éléments d'expression, c'est une étoile parlante et rayonnante, interdite à tout contact. ” Paul Claudel

“BOUNRAKOU” L'oiseau noir dans le soleil levant(朝日の中の黒い鳥) Paul Claudel

文楽の三位一体

 [三位一体] 人形浄瑠璃、文楽において、『大夫』、『三味線』、『人形』の三つの要素の芸が高度に組み合わさった時のほめ言葉。

「 三味線弾きの名を忘れたが、おそらく、六代目・友次郎ではなかったかと思われる。あるとき、明治座の、<文楽>の出開帳のとき、三代目・津太夫の日向島で、栄三が景浦をつかった。娘が、自分を助けようとして、廓に、身を売るという置き手紙を読んだ景浦が、それを知った瞬間、大きく、ころげたのを置きあがって、はるか沖あいの、娘を乗せた船に向かって、その船を戻せ、と、両手をひろげて、絶叫する一節である。
 このとき、津太夫は、ぽんと見台を叩いて、膝の関節から上を、乗り出して、のびあがり、一方、栄三のつかう景清は、盲目の、まっかな目を、ぐわッとむいて、両手を虚空にひろげた。その太夫と人形の呼吸(いき)と、そして、三味線の三つが、毛ほどのすきのない、最高潮の舞台をつくった。
 わたしは、まだ、詰襟の服を着ていた学生の時分で、一階の、舞台に向かって左側の桟敷の、すぐ、その下のイスにいたが、あまりの迫力に思わず、イスの上で、ぴょんと、ひとつ、からだがはずんで、とびあがった。その、まったく、すばらしい瞬間であった。わたしより、ふたつ、三つ、うしろの桟敷から、なんとも、すばらしく、イキのつんだ拍手が起こった。あまりに、舞台の、太夫、三味線、人形の芸がひとつになって、がっちり、三位一体となり、イキがつんでいたために、そのとき、ほとんど、拍手することを忘れた、あるいは、拍手をしようと思っても、その迫真力にけおされて、とてもできない、というような状態だった、と、いったほうがいいだろう。
 わたしは、その手の叩きかた、イキのつんだ、ほんとうに、そのときの、拍手にふさわしい拍手にもびっくりした。そして、振りかえったら、その拍手の主は、歌舞伎俳優の、初代・中村吉衛門であった。 「文楽 日本の伝統」安藤鶴夫」

国立文楽劇場

国立文楽劇場 国立文楽劇場 National Bunraku Theatreサイトへ

国立文楽劇場アクセスマップ

織田作之助

おださくのすけ
1913-1947
昭和前期の作家 大阪生れ。大阪の市井の人を描いた数々の作品で、大阪の人の記憶に残る作家。代表作に「夫婦善哉」など

今竹七郎

いまたけしちろう
1905-2000
昭和−平成期の画家、グラフィックデザイナー。兵庫県神戸市山手生まれ。代表作に「関西電力」、「メンソレータム」のマークなど。

カール・ハーゲマン

Carl Hagemann 1871-1945
ドイツの演出家、演劇評論家。ドイツ ハンブルグ生まれ。主な著書に「演出-舞台表現の芸術」(1902)Regie, die Kunst der szenischen Darstellung、「民族の演劇」Spiele der Volker(1919)など

ドナルド・キーン

Donald Keene 1922-
アメリカの日本文学研究家。ニューヨーク生まれ。

(一)
(近松門左衛門は)歌舞伎役者、坂田藤十郎とは元禄6(1693)年から約10年間もコンビを組み、藤十郎のためにいくつもの狂言を書きました。
「英語で話す「日本の伝統芸能」」小玉祥子 講談社インターナショナル 2000

(1)
In Genroku 6(1693), he(Chikamatsu Monzaemon) teamed up with the popular kabuki actor Sakata Tojuro and, over a period of roughly ten years, wrote a number of play especially for him.
[The Complete Guide to Traditional Japanese Performing Arts]Shoko Kodama KODANSHA INTERNATIONAL 2000

ポール・クローデル

Paul Claudel 1868-1955
詩人、エッセイスト、劇作家 フランス ヴィルヌーブ・シュル・フェール生まれ。
姉は彫刻家カミーユ・クローデル。

安藤鶴夫

あんどう つるお
1908-1969
昭和の演芸評論家、作家 東京生まれ。『巷談本牧亭』で直木賞受賞。

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